もちろん、条件がある。「彼らに絶対に損はさせない」という条件である。彼らが超富裕であり続けるシステムそのものには決して手をつけないという条件さえクリアーすれば、彼らは気前よく金をばらまいてくれる(はずである)。
「つまりは、億万長者の贈与は、そもそも彼らを億万長者にしたシステムに根本的な変化が起きないようにすることと、引き換えなのである」(292頁)。
2019年の香港の民主化闘争のとき、NBAのヒューストン・ロケッツのGM、ダリル・モーリーは抗議デモを応援するメッセージをツイートした。「自由のために闘おう。香港とともに立ち上がろう」と。このツイートを不快に感じた中国バスケットボール協会はこの「不適切な発言」に強く反対して、チームとの交流と協力を停止すると発表し、中国中央電視台はロケッツの放送を禁止した。NBAは40億ドルと言われる中国ビジネスを守るためにモーリーの発言を謝罪するという道を選択した。
「NBAと中国の騒動ではっきりしたのは、いざというときには、ウォークな資本家にとって第一の動機は経済であり、政治はそれが経済を支える場合にしか価値がないということだった」(305頁)。
これが著者カール・ローズのウォーク資本主義に対する最終的な評価の言葉である。
以上、本書の所説を紹介してきた。最後に少しだけ私見を書きとめておきたい。
本書を読んで、私はちょっとアメリカが羨ましくなった。というのは、わが国には「ウォーク資本主義」がまだ登場していないからである。「まだ」というより、これからも登場しないような気がする。日本の資本主義はナイキが戦った当の相手であるドナルド・トランプが代表する「新自由主義」的資本主義の段階にいまだあり、そこから先へ進むようには見えないからである。
本書巻頭解説で、中野剛志氏は、ウォーク資本主義の萌芽的形態が日本にも現れてきたことを指摘しているけれど、私は日本については「ウォーク資本主義が民主主義を滅亡させる」ことをそれほど気に病む必要はないと思う。日本の民主主義を今滅亡させつつあるのは新自由主義者たちの「意識低い系」資本主義のほうであり、たぶんこちらのほうが手際よく日本の民主主義に引導を渡してくれると思う。
むろん、そのことは本書の価値をまったく減ずるものではない。本書がわれわれに教えてくれる最も貴重な情報は、日本にはウォーク資本主義が出現する歴史的条件が整っていないという事実である。日本の資本主義はアメリカのビジネス書がもうリーダビリティを失うほどに世界のトレンドから遅れているという事実である。