「ウォーク資本主義(woke capitalism)」とは聞き慣れない言葉である。本書はこの「聞き慣れない言葉」の意味をていねいに教えてくれる。でも、説明されても「ああ、『あのこと』ね」とぽんと膝を打つという人はあまりいないと思う。woke capitalismは日本にはまだ存在しないからである。
wokeはwake (起こす、目覚めさせる)という他動詞の過去分詞である。「目覚めさせられた」という意味だが、60年代からアフリカ系アメリカ人の間では「人種的・社会的差別や不公平に対して高い意識を持つこと」という独特の含意を持つようになった。そういう意味で半世紀ほど使われたあとに、意味が逆転した。
意味を逆転させたのは「政治的に反動的な信念を抱く人々」である。彼らは差別や不公平に対して「高い意識を持つ」というプラスの意味を反転させて「誤った、表面的な、ポリティカル・コレクトネス的な道徳性」(『WOKE CAPITALISM 「意識高い系」資本主義が民主主義を滅ぼす』19頁)をふりかざして大きな顔をする「いやなやつら」というネガティブな含意をこの語に託した(wokeに「意識高い系」という訳語を当てた訳者のセンスはすばらしい)。
たしかに、「意識高い系」のセレブたち(レオナルド・ディカプリオとか)が気候変動サミットにプライベートジェットで乗りつけるさまを見ていると、「彼らの政治的信念の信憑性、少なくともその一貫性についてはシニカルにならざるをえない」のもわかる(19-20頁)。
アマゾンの元CEOジェフ・ベゾスは「気候変動がわたしたちが住むこの惑星に与える壊滅的な影響と闘うため」の基金に100億ドルを寄付した。政治的にはまことに正しい行為である。
だが、その一方で、アマゾンはありとあらゆる手立てを講じて納税を回避している。「2010年から2019年までの間に、アマゾンは9605億ドルの収益を上げ、268億ドルの利益を蓄積したが、納めた税金は34億ドルだった。(…)2018年に、アマゾンは110億ドルの利益を上げたにもかかわらず、アメリカで法人税をまったく払っていない。2019年の利益は130億ドルだったが、実効税率はわずか1.2%だった」(165頁)。
アマゾンがフェイスブック、グーグル、ネットフリックス、アップル、マイクロソフトなど「法人税逃れのならず者たち」の中でも「最大の悪党」と呼ばれても「驚くには当たらない」と著者は書いている(166頁)。