ナイキが証明!「政治的に正しい方が儲かる」理由

ナイキとトランプの全面戦争

NFLのスター選手コリン・キャパニックは2016年に試合開始前の国歌斉唱を拒否し、膝をつくというパフォーマンスによって、「アフリカ系アメリカ人の権利を求める公然たる不屈の政治的アクティヴィズム」(202頁)のシンボルとなった。彼はインタビューに対して「黒人や有色人種を抑圧する国の国旗に誇りを示すために立ち上がるつもりはありません」とその行為を説明した。彼はそのシーズンの間国歌斉唱のたびに膝をついて、全米に賛否の論争を巻き起こした。支持者たちからは「新しい公民権運動の顔」と称され、ドナルド・トランプは「あのクソ野郎を今すぐにフィールドから追い出せ」とNFLのオーナーたちを煽った。

その結果、NFLはキャパニックの行動を「自分たちの商業的利益にならない」と判断して、次のシーズンに彼と契約するチームは一つもなく、キャパニックは早すぎるリタイアを迎えることになった。

ところが、2018年9月NFL開幕直前に、キャパニックは「何かを信じろ、たとえすべてを犠牲にすることになっても#Just do it」というツイートをした。Just do itはナイキのスローガンである。そして、その後ナイキは「ドリーム・クレイジー(とことん夢みろ)」という大規模な広告キャンペーンを展開した。TVCMのナレーションを担当したのはキャパニック。彼は「どんな障害があっても、自分の夢を追いかけよう」と呼びかけた(201頁)。

トランプは激怒し、このキャンペーンのせいでナイキは「怒りとボイコットのせいで息の根を止められるだろう」と予言した。同時に、トランプは、キャパニックの「非愛国」的ふるまいのせいで、アメリカ人たちはフットボールの試合をテレビで観ることを止め、それがNFLに莫大な損害を与えるだろうとも予言した。

この時トランプは図らずもアメリカにおける右派の三つの伝統的立場を明らかにした。1つは「伝統的な愛国者は国旗国歌に敬意を示すべきである」、つは「資本家は雇用している労働者を支配できる」、1つは「ある種の政治的主張は経済リスクを伴う」である。愛国心、労使関係、政治的主張と商業的利益の関係、3つの大きな論件をトランプはキャパニックの一件で前景化してみせた(わずかな語数で問題の本質を明らかにできるという点でたしかにドナルド・トランプは一種の天才である)。

これに対してナイキは「正反対の商業的・政治的論理」(209頁)を掲げているトランプと全面戦争に入ることを選択をした。

「愛国的であるとはどのような行為のことを指すのか」、「労働者は資本家に対してどのようにして自分たちの権利を守るべきか」。この2つはいわば「近代的な」問いである。さまざまな人がこれまでそれぞれの知見を語ってきた。でも、第三の問いは違う。これは近代においてはたぶん一度も(マルクスによっても、ウェーバーによっても)立てられたことのない問いである。それは「政治的に正しくふるまうことは、そうでない場合よりも多くの経済的なベネフィットをもたらすか?」である。

そして、2018年にナイキはこの問いに「政治的に正しいほうが儲かる」という答えを出してみせた。

ナイキの「ドリーム・クレイジー」キャンペーンは最終的に大成功を収めた。「大手企業がキャパニックのアクティヴィストとしての大義を支援することに、感銘を受けた左派の人々もいた。(…)揺るぎない政治的信念を持つ人と関わるリスクは十分に報われた」のである(212頁)。このキャンペーンの後、ナイキの株価は5%上昇し、時価総額は60億ドル増加したからである。

ナイキの「スウェットショップ問題」