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第108話 アデルの抱擁
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「死にたいのか!?」
アデルが叫ぶ。至近距離で叱られたことにより、ラダベルは肩を跳ね上がらせた。
「も、申し訳ございません……」
震える声で、素直に謝る。アデルはラダベルが書いたジークルドへの手紙をぐしゃりと握り潰す。そして彼女を腕の中に閉じ込めたのであった。ラダベルは、度肝を抜かれる。好きでもない男に抱きしめられている状況なのにも拘わらず、以前よりかは嫌な気はしなかった。アデルの行動に驚いたと言うよりかは、嫌悪感を抱いていない自身に驚いたのだ。彼の体が小刻みに震えているのが分かる。それが、体全体を通して伝わってくる。
「どうしてお前はそんなに……」
アデルは呆れた様子で、溜息をついた。ラダベルの性格は、かなり自由奔放だ。ジークルドもそれに大層悩まされているだろう。
「ご、ごめんなさい……。もうこんな危ないことはしませんから、とりあえず離してくださいますか?」
「………………」
「第二皇子殿下?」
ラダベルはアデルを呼ぶが、反応はない。変わらず、抱きしめられている状況だ。花の上品な香りが彼女の鼻を擽る。相変わらず、良い香りだ。変に香水を振りまいた貴族令嬢よりもずっと美しい匂いがする。きっとこの花の香りは、アデルの体臭なのだろう。
(体臭が花の匂いって……物語の中の人なの? ……物語の中の人だったわ)
ラダベルは、心中にてひとりでボケとツッコミを担う。時間が経てば、解放してくれるだろうか。淡い期待を込めて、じっとしてみる。
一分、二分、三分が経過する。解放してくれる気配のないアデルに、ラダベルはとうとう痺れを切らした。
「第二皇子殿下、そろそろ離してください。」
「……だ……ったら?」
「はい? 聞こえないのですけど……。もう少し大きな声で、」
「嫌だと言ったらどうする?」
ラダベルの言葉に、アデルが声を被せた。
(ちょっと待って……。それって、私から離れたくないって言ってるわけ?)
ラダベルはアデルの言葉が未だ信じられなかった。カチリと固まってしまった彼女から、アデルはようやく距離を取った。暑苦しい空気から解放されたと思った矢先、頭頂部にキスが降る。たった一度。ちゅっ、と可愛らしい音を立てたそれに、ラダベルは顔を引き攣らせた。キスが落とされた場所に触れ、アデルを見つめる。トパーズ色の瞳は、驚きに染まっていた。アデルは彼女の面様を見て、後悔に満ちた表情を浮かべた。どことなく気まずそうに身を引いて、激しく視線を泳がせる。ラダベルの顔色を窺っている様子であった。
「勝手にキスをして、すまなかった。今のは……そう、親愛の証だ」
「しん、あい……」
「そうだ、親愛の、あか、し……」
アデルは苦しまぎれに誤魔化しながら、視線を手元の便箋に落とす。手紙の内容を軽く見てしまったのか、最後は途切れ途切れの言葉となってしまった。
「戦場にいるルドルガーへの、手紙か」
小声で呟くアデル。ラダベルは何も言わない。それを肯定と受け取ったアデルは、鼻で笑った。何かしら馬鹿にされると身構えたラダベルだが、それは奇遇であったらしい。アデルのそれは、馬鹿にする笑いではなく、自虐的な笑みであったのだ。
「僕が戦場に出向いた時は、一度も手紙を書いてはくれなかったな」
手袋に包まれた美しい手で、便箋の皺を丁寧に伸ばしていく。アデルの仕草を刮目して、ラダベルは戸惑った。
アデルは、彼女を空気のように扱っていたはずだ。婚約者だからと言って特別扱いなど、一度もしてくれなかった。それは全て、ラダベルが依存してくれるからというアデルの身勝手な理由から来る態度であったのだが、その時のラダベルは彼の考えていることがまったく分からなかった。そのため、アデルの戦争の邪魔をしてはいけないと、彼が戦争に行っている間は大人しく過ごしていたのだ。なぜ今さら、そんな、悲しそうな顔をするのか。ラダベルはあまりにも過去の自分が報われないため、悔しげに唇を噛んだ。
「きっと、お前からの手紙は励みとなるだろう」
アデルは珍しく優しい言葉を口にして、ラダベルに手紙を返した。彼の必死の皺伸ばしも虚しく、ぐしゃぐしゃになったままの便箋を受け取る。
アデルはそれ以上何も紡がず、踵を返して立ち去ってしまった。
アデルが叫ぶ。至近距離で叱られたことにより、ラダベルは肩を跳ね上がらせた。
「も、申し訳ございません……」
震える声で、素直に謝る。アデルはラダベルが書いたジークルドへの手紙をぐしゃりと握り潰す。そして彼女を腕の中に閉じ込めたのであった。ラダベルは、度肝を抜かれる。好きでもない男に抱きしめられている状況なのにも拘わらず、以前よりかは嫌な気はしなかった。アデルの行動に驚いたと言うよりかは、嫌悪感を抱いていない自身に驚いたのだ。彼の体が小刻みに震えているのが分かる。それが、体全体を通して伝わってくる。
「どうしてお前はそんなに……」
アデルは呆れた様子で、溜息をついた。ラダベルの性格は、かなり自由奔放だ。ジークルドもそれに大層悩まされているだろう。
「ご、ごめんなさい……。もうこんな危ないことはしませんから、とりあえず離してくださいますか?」
「………………」
「第二皇子殿下?」
ラダベルはアデルを呼ぶが、反応はない。変わらず、抱きしめられている状況だ。花の上品な香りが彼女の鼻を擽る。相変わらず、良い香りだ。変に香水を振りまいた貴族令嬢よりもずっと美しい匂いがする。きっとこの花の香りは、アデルの体臭なのだろう。
(体臭が花の匂いって……物語の中の人なの? ……物語の中の人だったわ)
ラダベルは、心中にてひとりでボケとツッコミを担う。時間が経てば、解放してくれるだろうか。淡い期待を込めて、じっとしてみる。
一分、二分、三分が経過する。解放してくれる気配のないアデルに、ラダベルはとうとう痺れを切らした。
「第二皇子殿下、そろそろ離してください。」
「……だ……ったら?」
「はい? 聞こえないのですけど……。もう少し大きな声で、」
「嫌だと言ったらどうする?」
ラダベルの言葉に、アデルが声を被せた。
(ちょっと待って……。それって、私から離れたくないって言ってるわけ?)
ラダベルはアデルの言葉が未だ信じられなかった。カチリと固まってしまった彼女から、アデルはようやく距離を取った。暑苦しい空気から解放されたと思った矢先、頭頂部にキスが降る。たった一度。ちゅっ、と可愛らしい音を立てたそれに、ラダベルは顔を引き攣らせた。キスが落とされた場所に触れ、アデルを見つめる。トパーズ色の瞳は、驚きに染まっていた。アデルは彼女の面様を見て、後悔に満ちた表情を浮かべた。どことなく気まずそうに身を引いて、激しく視線を泳がせる。ラダベルの顔色を窺っている様子であった。
「勝手にキスをして、すまなかった。今のは……そう、親愛の証だ」
「しん、あい……」
「そうだ、親愛の、あか、し……」
アデルは苦しまぎれに誤魔化しながら、視線を手元の便箋に落とす。手紙の内容を軽く見てしまったのか、最後は途切れ途切れの言葉となってしまった。
「戦場にいるルドルガーへの、手紙か」
小声で呟くアデル。ラダベルは何も言わない。それを肯定と受け取ったアデルは、鼻で笑った。何かしら馬鹿にされると身構えたラダベルだが、それは奇遇であったらしい。アデルのそれは、馬鹿にする笑いではなく、自虐的な笑みであったのだ。
「僕が戦場に出向いた時は、一度も手紙を書いてはくれなかったな」
手袋に包まれた美しい手で、便箋の皺を丁寧に伸ばしていく。アデルの仕草を刮目して、ラダベルは戸惑った。
アデルは、彼女を空気のように扱っていたはずだ。婚約者だからと言って特別扱いなど、一度もしてくれなかった。それは全て、ラダベルが依存してくれるからというアデルの身勝手な理由から来る態度であったのだが、その時のラダベルは彼の考えていることがまったく分からなかった。そのため、アデルの戦争の邪魔をしてはいけないと、彼が戦争に行っている間は大人しく過ごしていたのだ。なぜ今さら、そんな、悲しそうな顔をするのか。ラダベルはあまりにも過去の自分が報われないため、悔しげに唇を噛んだ。
「きっと、お前からの手紙は励みとなるだろう」
アデルは珍しく優しい言葉を口にして、ラダベルに手紙を返した。彼の必死の皺伸ばしも虚しく、ぐしゃぐしゃになったままの便箋を受け取る。
アデルはそれ以上何も紡がず、踵を返して立ち去ってしまった。
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