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第109話 彼女からの手紙
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ここは、戦場。ヴォレン王国とアレシオン教国の連合軍との戦争が行われている場所である。そのレイティーン帝国軍側の陣営では、軍議が行われていた。レイティーン帝国軍極東部司令官ジークルド・レオ・イルミニア・ルドルガー。ジークルドの側近中の側近、ウィル・アーヴィン中佐。援軍の極北部司令官エリザベート・テレサ・ディ・オースター。その他の精鋭たちが集結している。
「軍議は以上だ。皆、明日に向けて備えてくれ」
「「「はっ!」」」
ジークルドの言葉に、軍人たちはすぐさま敬礼して、陣営の天幕を出ていった。
「大将。俺もこれで失礼します」
「あぁ」
ウィルもほかの幹部たちと同様、天幕を去る。彼らと入れ替わりになるように天幕に顔を出したひとりの女性軍人がいた。彼女の名は、ミア・ロジャー。ラダベルと比較的仲の良い軍人であった。ミアの登場に、ジークルドは目を見張る。
「ルドルガー大将、失礼します!」
ミアは敬礼して、天幕に足を踏み入れる。
「大将宛てに手紙が届いております」
「手紙だと……? 元帥からか」
「いいえ、ルドルガー伯爵夫人からです」
「……何?」
ジークルドは固唾を呑む。そしてミアから差し出された手紙をおずおずと受け取った。
「ご苦労だった」
「はっ! 失礼します!」
ミアの背中を見送ったジークルドは、ラダベルからの手紙を注視した。
城で何かあったのかもしれないと不安に陥ったジークルドは、すぐさま封筒から便箋を取り出した。しかしそこに書いてあったのは、緊急でもなんでもない、ジークルドの無事を祈る素敵な言葉たちであった。
『ジークルド様。
急に手紙を送ってしまい、申し訳ございません。
ジークルド様の無事を祈るがあまり、いてもたってもいられず、筆を執った次第にございます。
戦場では、私が到底想像もできないような、過酷な日々が続いていることでしょう。私はジークルド様の妻でありながら、何もできない現実にもどかしさを感じる毎日を過ごしております。
先日、東部の国境付近でルシュ王国の残党との戦争が行われました。第二皇子殿下、オースター侯爵のご活躍により、勝利することができました。東部の民は皆、無事にございます。
レイティーン帝国軍の勝利、ご帰還を心よりお祈りしております。どうか、無事に帰ってきてください。
ラダベル』
決して長文とは言えない手紙を読み終わる。再度、読み返す。何度かそれを繰り返したあと、額をそっと押さえた。
まさかラダベルから手紙が届くとは。ジークルドはまったく予想していなかった。ラダベルの直筆の手紙を尊く思った彼は、涙腺が緩むのを感じる。鼻の奥がツン、と痛むが、間一髪のところで涙を堪える。
東部にルシュ王国の残党、精鋭部隊が攻め入ったことはもちろん知っている。アデルとオースター侯爵の活躍により、その危機を防いだことも。自分のいないところで、己の領地、そしてラダベルの身が危険に侵されることはあまりにも心臓に悪かった。無事に勝利したと報告を受けた時には、大きく胸を撫で下ろした感覚を今でも覚えている。できればもう二度と、こんな思いはしたくないと思うほどに、辛かったのだ。ラダベルが無事であることは既に確認済みだが、彼女自身の言葉によりそれを再認識できた。ジークルドは、安堵の溜息を吐いた。
「面白いものが見れたな」
未だ天幕に残っていたオースター侯爵が呟いた声と共に、ジークルドは我に返り顔を上げた。
「まさか、たかが女からの手紙に、お前がそんな顔をするとは……」
「っ……」
オースター侯爵の指摘に、ジークルドは僅かに頬を赤らめて、空咳する。
「レイティーン皇族の血を引く由緒正しき貴族の令嬢。敵国の麗しき姫君。体も顔も一級品の高級娼婦。癒しの力を賜る気高き聖女。愛らしさと可愛らしさに溢れた村娘。ありとあらゆる女に惚れられ口説かれてきたお前だが、いつだって軽くあしらっていたではないか」
オースター侯爵はジークルドが手に持つ手紙の内容を覗き込みながら、嘲笑を浮かべた。
「そんなお前が、ようやくひとりの女に惚れ込んだか」
「惚れっ…………」
「なんだ、違うのか?」
オースター侯爵が口端を吊り上げ、卑しく笑う。ジークルドは下唇を噛んだ。
「………………………………分かり、ません。妻を愛しく思う気持ちはあります。ただ、この感情を恋と片づけていいのか……。妻がほかの男と話していると腸が煮えくり返りそうになるのです」
「それも一種の愛であろうが」
オースター侯爵は呆れた様子で深く息を吐く。
「私の妹が結婚してから随分と経つ故、この先も一生独身のままでいるのかと思ったが、お前にも再び愛しく思える存在ができたようで何よりだ」
30代とは思えない、若々しい微笑みを浮かべる。
「あぁ、安心しろ。私はルドルガー大将の御心がいつまでも妹に向けられているとは思っていない。あの時さえも、怪しいがな……。それに、ご夫人のように、破天荒で自由奔放ながらもどこか不思議な魅力を感じさせるミステリアスな女性のほうが、お前に似合っていると思っているよ、私は」
オースター侯爵はそう言いながら、ジークルドの髪飾りに視線を落とした。美しい簪を見て微笑を浮かべ、天幕をあとにしようとする。
「戦争も終盤だ。愛しき人に再会するためにも最後まで気を抜かぬよう、頼むぞ」
それだけ言うと、オースター侯爵は立ち去る。ひとり残されたジークルドは、手紙に視線を落とす。
「ラダベル」
彼女の名を呼ぶ。
「早くお前に会いたい」
ラダベルが触ったであろう便箋に、熱いキスを落とした。
「軍議は以上だ。皆、明日に向けて備えてくれ」
「「「はっ!」」」
ジークルドの言葉に、軍人たちはすぐさま敬礼して、陣営の天幕を出ていった。
「大将。俺もこれで失礼します」
「あぁ」
ウィルもほかの幹部たちと同様、天幕を去る。彼らと入れ替わりになるように天幕に顔を出したひとりの女性軍人がいた。彼女の名は、ミア・ロジャー。ラダベルと比較的仲の良い軍人であった。ミアの登場に、ジークルドは目を見張る。
「ルドルガー大将、失礼します!」
ミアは敬礼して、天幕に足を踏み入れる。
「大将宛てに手紙が届いております」
「手紙だと……? 元帥からか」
「いいえ、ルドルガー伯爵夫人からです」
「……何?」
ジークルドは固唾を呑む。そしてミアから差し出された手紙をおずおずと受け取った。
「ご苦労だった」
「はっ! 失礼します!」
ミアの背中を見送ったジークルドは、ラダベルからの手紙を注視した。
城で何かあったのかもしれないと不安に陥ったジークルドは、すぐさま封筒から便箋を取り出した。しかしそこに書いてあったのは、緊急でもなんでもない、ジークルドの無事を祈る素敵な言葉たちであった。
『ジークルド様。
急に手紙を送ってしまい、申し訳ございません。
ジークルド様の無事を祈るがあまり、いてもたってもいられず、筆を執った次第にございます。
戦場では、私が到底想像もできないような、過酷な日々が続いていることでしょう。私はジークルド様の妻でありながら、何もできない現実にもどかしさを感じる毎日を過ごしております。
先日、東部の国境付近でルシュ王国の残党との戦争が行われました。第二皇子殿下、オースター侯爵のご活躍により、勝利することができました。東部の民は皆、無事にございます。
レイティーン帝国軍の勝利、ご帰還を心よりお祈りしております。どうか、無事に帰ってきてください。
ラダベル』
決して長文とは言えない手紙を読み終わる。再度、読み返す。何度かそれを繰り返したあと、額をそっと押さえた。
まさかラダベルから手紙が届くとは。ジークルドはまったく予想していなかった。ラダベルの直筆の手紙を尊く思った彼は、涙腺が緩むのを感じる。鼻の奥がツン、と痛むが、間一髪のところで涙を堪える。
東部にルシュ王国の残党、精鋭部隊が攻め入ったことはもちろん知っている。アデルとオースター侯爵の活躍により、その危機を防いだことも。自分のいないところで、己の領地、そしてラダベルの身が危険に侵されることはあまりにも心臓に悪かった。無事に勝利したと報告を受けた時には、大きく胸を撫で下ろした感覚を今でも覚えている。できればもう二度と、こんな思いはしたくないと思うほどに、辛かったのだ。ラダベルが無事であることは既に確認済みだが、彼女自身の言葉によりそれを再認識できた。ジークルドは、安堵の溜息を吐いた。
「面白いものが見れたな」
未だ天幕に残っていたオースター侯爵が呟いた声と共に、ジークルドは我に返り顔を上げた。
「まさか、たかが女からの手紙に、お前がそんな顔をするとは……」
「っ……」
オースター侯爵の指摘に、ジークルドは僅かに頬を赤らめて、空咳する。
「レイティーン皇族の血を引く由緒正しき貴族の令嬢。敵国の麗しき姫君。体も顔も一級品の高級娼婦。癒しの力を賜る気高き聖女。愛らしさと可愛らしさに溢れた村娘。ありとあらゆる女に惚れられ口説かれてきたお前だが、いつだって軽くあしらっていたではないか」
オースター侯爵はジークルドが手に持つ手紙の内容を覗き込みながら、嘲笑を浮かべた。
「そんなお前が、ようやくひとりの女に惚れ込んだか」
「惚れっ…………」
「なんだ、違うのか?」
オースター侯爵が口端を吊り上げ、卑しく笑う。ジークルドは下唇を噛んだ。
「………………………………分かり、ません。妻を愛しく思う気持ちはあります。ただ、この感情を恋と片づけていいのか……。妻がほかの男と話していると腸が煮えくり返りそうになるのです」
「それも一種の愛であろうが」
オースター侯爵は呆れた様子で深く息を吐く。
「私の妹が結婚してから随分と経つ故、この先も一生独身のままでいるのかと思ったが、お前にも再び愛しく思える存在ができたようで何よりだ」
30代とは思えない、若々しい微笑みを浮かべる。
「あぁ、安心しろ。私はルドルガー大将の御心がいつまでも妹に向けられているとは思っていない。あの時さえも、怪しいがな……。それに、ご夫人のように、破天荒で自由奔放ながらもどこか不思議な魅力を感じさせるミステリアスな女性のほうが、お前に似合っていると思っているよ、私は」
オースター侯爵はそう言いながら、ジークルドの髪飾りに視線を落とした。美しい簪を見て微笑を浮かべ、天幕をあとにしようとする。
「戦争も終盤だ。愛しき人に再会するためにも最後まで気を抜かぬよう、頼むぞ」
それだけ言うと、オースター侯爵は立ち去る。ひとり残されたジークルドは、手紙に視線を落とす。
「ラダベル」
彼女の名を呼ぶ。
「早くお前に会いたい」
ラダベルが触ったであろう便箋に、熱いキスを落とした。
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