台湾TSMCの「日本の新工場建設」には合理的理由がない…経産省が関わったら失敗する

TSMCとソニーの反応

TSMCジャパン3DIC研究開発センター株式会社」は、6月28日時点でほとんど何も決まっていなかったが、少なくともTSMCは2月9日のニュースリリース“TSMC Board of Directors Meeting Resolutions”の中で、以下を明らかにしていた。

“Approved the establishment of a wholly-owned subsidiary in Japan to expand our 3DIC material research, with a paid-in capital of not more than ¥18.6 billion (approximately US$186 million).”

<資本金186億円(約1億8600万米ドル)以下で、3DIC材料研究を拡大するために日本に完全子会社を設立することを承認しました>

 そして、本当に新会社「TSMCジャパン3DIC研究開発センター株式会社」を法人登記している。しかし、ソニーとの合弁による1兆円工場については、TSMCのHPをくまなく調べてみたが、一切公式発表がない。また、ソニーグループの吉田憲一郎会長兼社長は、日刊工業新聞が「経済産業省主導によりソニーGとTSMCが合弁で熊本県に半導体工場を建設する構想が浮上した」と報道したことについて、「コメントは差し控える」としたうえで、「CMOSセンサーに用いるロジック半導体は大部分がファウンドリーからの調達だ」とし、「当社にとってロジック半導体を安定的に調達できることは非常に重要」と述べるにとどめている(日経新聞5月26日)。

 日刊工業新聞がTSMCとソニーの合弁による新工場について、かなり確信をもって記事を書いているのに対して、当事者であるTSMCとソニーからは、何ら明快な発表がないことが非常に気になる。そこで、TSMCとソニーの合弁による1兆円規模の新工場が現実的にあり得るかどうかを、視点を変えて考えてみたい。

予算と技術者が大問題

 まず、1兆円規模ということから、このロジック半導体工場は、12インチウエハで月産10万枚クラスのギガファブになる。そこで問題になるのは、その予算と技術者の確保である。日刊工業新聞の記事によれば、土地と建屋、つまり半導体工場の建設は、ソニー側が負担するということになる。では、その工場に導入する各種の製造装置の費用は誰が負担するのだろうか。少なくとも5000億円以上になると思われるが、この予算の出所が不明である。経産省が税金から捻出するのだろうか。

 次に、TSMCが受け持つとされるプロセス技術者に大きな問題がある。日本のロジック半導体は65nmから45nmに進むことができなかったため、日本にこの微細化レベルを習得している技術者はいない(図1)。そのため、ソニーは、CMOSセンサーに貼り付けるロジック半導体を全数、TSMCに生産委託しているわけである。

台湾TSMCの「日本の新工場建設」には合理的理由がない…経産省が関わったら失敗するの画像2

 以上から、この新工場のプロセス技術は、全面的にTSMCに依存せざるを得ない。そして、1兆円規模のギガファブとなると、どう少なく見積もっても数百人のプロセス技術者が必要になる。オペレーションも含めると1000人規模の社員が必要であろう。

 現在、TSMCは世界最先端の5nmを量産中であり、来年量産する3nmのリスク生産が開始された。加えて、その次の2nmの装置や材料選定が本格化している。これらに対応するために、TSMCは今年中に9000人の技術者を集めることになった(3月5日付日経新聞)。

 TSMCには5万1297人(2019年時点)の社員がいるが、一気に約2割も社員を増やすことになる。これについては人伝に、相当苦戦していると聞いている。そのようなTSMCに、数百人もの技術者を日本に派遣する余裕があるだろうか。逆に、日本に数百人の優秀なロジック半導体の技術者がいれば、TSMC本社が採用したいのではないだろうか。