地味で難しい科学ニュースが爆発的に広まった理由とは?
この問いに納得できる答えを出すのは難しいものです。
常識をくつがえす画期的な商品や、世界的な有名人が勧めたものであれば理解しやすいものの、世の中には「なぜこれが流行ったのか?」と困惑するような商品であふれています。
たとえば、2007年に、「チャーリーが僕の指をまた噛んだ!」という動画が世界で爆発に流行しました。
ソファに座った赤ん坊のチャーリーが、3歳の兄ハリーの指を噛む。ただそれだけの動画であり、再生時間はたったの56秒。指を噛まれたハリーが痛がるシーンがすべてで、それ以外に衝撃の展開があるわけでもありません。
それでも動画は大評判を呼び、ほんの1年で再生回数は3億6400万回を突破したうえ、2021年にはNFT作品として約8000万円で落札されました。ごく平凡なホームビデオがここまでの流行を引き起こしたのは実に不思議です。
もう1つ謎なのが、アメリカのニューヨーク・タイムズで起きた事例です。
2008年のある日、同誌のサイトに掲載されたニュースが異例のアクセス数を記録しました。その記事は「ミステリアスな咳が撮影される」というタイトルで、気体や液体の密度の違いを画像化し、工学者が人間の咳を写真に収めた研究を報じたものです。
いかにも専門家以外には興味が持てなさそうなニュースです。ところが、公開直後からこの記事を友人や家族にシェアするユーザーが続出。またたくまにバイラル化し、その年でも有数のヒットニュースになりました。
平凡なホームビデオや、難しい科学記事が流行ったのはなぜか? この謎に興味を持ったのが、ペンシルバニア大学の心理学者ジョナ・バーガーとキャサリン・ミルクマンです。
2人はニューヨーク・タイムズから約7000のバイラル記事をピックアップし、特定のコンテンツが広く拡散される理由を数年にわたって分析し、先の赤ちゃん動画や咳のニュースを含む、社会的に伝播しやすい情報の要因を探す研究を行いました。簡単に言えば、「バズる」コンテンツに共通する要点をピックアップしたわけです。
そのポイントとは、果たしてどのようなものだったのか? バーガーらの結論を端的にまとめると、以下のようになります。
強い感情は流行を起こしやすい。
しかし、それでは流行の大半を説明できない。
「感情を刺激するコンテンツはバズりやすい」という説を聞いたことがある人は多いでしょう。思わず笑みがこぼれる猫の失敗動画や、世の不正を暴いて読者の怒りをかきたてるニュースなど、受け手の感情を刺激するコンテンツは、内容がポジティブかネガティブかを問わず拡散されやすい印象があります。
ところが、バーガーらの分析によれば、感情は流行を生み出す要素の一部でしかなく、特定のコンテンツが拡散される理由の“7.43%”しか説明できませんでした。
残りの約93%を構成する要素は多岐にわたり、情報の希少性、記事の実用性、コンテンツの表示位置、記事の投稿時間、作者の信頼度や知名度、内容のわかりやすさ、ストーリー性の高さ、テーマ性の強さ、権威性の有無など、数えだしたらきりがありません。ネット上で「バズを生み出す3つの成功法則」のようなアドバイスをよく見かけますが、現実のデータでは支持されないようです。
バーガーらの結論を端的に言い換えれば、こうなるでしょう。
「私たちは、できることをすべてやるしかない」
「バズる」コンテンツに唯一の秘策などは存在せず、私たちが流行を生み出すためには、ユーザーの感情をかき立てるだけでなく、残る93%の要件を限界まで満たさねばなりません。