進化論的なアプローチを使う際によくあるのが、「高級車を買う人はモテたいだけ」や「多趣味な人は自分の居場所を探しているだけ」といった決めつけに終わってしまうケースです。「昔ながらの定番商品を使う人は怖がり」や「時短サービスを使う人はケチ」など、似たような例はいくらでも思いつくでしょう。
しかし、ノースイースタン大学の心理学者L・F・バレットらは、人類の行動の裏側には複数の本能が存在するのが普通だと主張します。
再び高級車を買った男性の例で考えてみましょう。進化の立場からすれば、この男性の背景には次の本能があると考えられます。
高い車で自分の魅力をアピールし、それによって生殖の確率を高めたい(伝える本能)
高い車で資産を強調し、周囲から尊敬されたい(高める本能)
高い車はブレーキ性能が良いので、身の安全を守ることができる(安らぐ本能)
これらはいずれが正解とは言えず、ある人は生殖機会を狙って高級車を買うかもしれませんし、またある人は3つの本能すべてが背景で発動しているのかもしれません。同じように、「同じ趣味の人とつながりたい」(属する本能)という動機だけでSNSを使う人がいれば、「優雅な生活を見せたい」(伝える本能)や「良い情報が欲しい」(有する本能)などの動機が混ざりあった状態で使う人も多いでしょう。複雑な現象をシンプルな要因に落とし込むのは気分が良いものですが、そこで終わってしまったら意味がありません。
私たちは自分なりの価値観で物事を理解することが多く、個人の色眼鏡を通して他人の欲望を決めつけがちです。権力が好きな人は「みんな権力のことばかり考える」と思いがちですし、自己愛が強い人は「みんな結局は自分が一番大事」といった判断をしやすい傾向があります。
しかし、私たちのなかで活性する本能の種類は、当人の性格と環境に大きく依存します。セクシーな広告を見れば「伝える本能」が働き出すのが普通ですし、友人に嫌われれば「高める本能」が駆動し、会社の同僚にランチをおごられただけで「属する本能」が高まることもあります。
と同時に、性格の違いも非常に重要で、不安ぎみな人は「安らぐ本能」に動かされやすく、生まれつき社交的な人は「高める本能」が活性化しやすい傾向があります。くれぐれも、自分の色眼鏡だけで他人の本能を想定しないように注意が必要です。
「本能に刺さる商品を作る」と言われた際に考えがちなのが、「できるだけ煽情的なコンテンツで口コミを増やせばいいのでは?」といった発想です。暴力や性的なイメージが強い広告、射幸心を煽るゲームアプリ、不謹慎な発言で他者を煽るニュースなど、人間の感情に火が着きやすい要素を盛り込み、ユーザーの行動を操ろうと考えるわけです。
確かに、ユーザーの心理をコントロールする手法が主流だった時代もかつてはありました。「広報の父」として知られるエドワード・バーネイズは、1920年代に「お菓子は太るがタバコは痩せる」と医者に発言させて売上を伸ばしたり、「ニューヨーク・タイムズ」を使って共産主義の恐怖を煽ったりといった手法を展開。そのプロセスで生まれた大衆扇動の技法は、現代でも使われる広告宣伝の基礎となりました。
しかし、このような手法は、幸か不幸か世界で急速に勢いを失いつつあります。いくつか統計データを見てみましょう。
12のグローバル企業を対象にしたBCWの2014年調査によると、全企業における顧客の91%が「サービスについての誠実さが最も重要だ」と評価。一方で、サービスの有用性とブランドの人気はそれぞれ61%と39%に留まりました。