また、大企業でなく消費者自身が製品を作ってゆく「メイカームーブメント」は、アメリカの技術誌『WIRED』の元編集長クリス・アンダーソンが『MAKERS』という著作を書いたことで広く普及した概念だが、アンダーソンは同著の冒頭で、SF作家コリイ・ドクトロウの同名の著作『Makers』への謝辞を寄せ、その影響について記述している。
日本でも、ドラえもん、鉄腕アトム、星新一のショートショートなどに影響されて実業家・研究者・技術者になったという人は多い。ソフトバンクグループ会長兼社長の孫正義は、ペッパーを「世界初の感情を持つロボット」として売り出したとき、自身への鉄腕アトムの影響を述べている。
これらはSFが直接的に技術イノベーションに貢献している例だが、一方で、SFには社会の価値観を大きく前進させる力もある。ここではその一例として、女性の社会活躍への影響を挙げよう。
例えば、宇宙飛行を行った初めてのアフリカ系アメリカ人女性であるメイ・ジェミソンは、キャリア選択においてTVドラマの「スタートレック」シリーズのウフーラというキャラクターに影響を受けたことを明らかにしている。ウフーラは、アメリカのTVドラマ界で、初めてメインキャラクターとして活躍したアフリカ系女性キャラクターである。
ほかの例では、女性の尊厳が侵害されるディストピアを描いたマーガレット・アトウッドの小説『侍女の物語』にも触れておきたい。この本が書かれたのは1985年だが、2017年にドラマ化された際、本作は大きな話題を呼んだ。#MeToo運動や反トランプ運動と重なり、ムーブメントの一部となったのだ。女優のエマ・ワトソンがこの本をパリのさまざまな場所に100冊隠し、そのことをツイートするといった活動を行ったこともあった。
こうしたSFが生み出す発想力を、より積極的に利用しようとする試みが「SFプロトタイピング」であると言えよう。この単語を明確に使い始めたのは、インテルに所属する未来学者、ブライアン・デイビッド・ジョンソンである。
ジョンソンが2011年の著書『インテルの製品開発を支えるSFプロトタイピング』の中でこの概念を紹介して以降、似たようなフレームで行われる取り組みが、広くSFプロトタイピングと呼ばれるようになっていった。
SF活用の意義を早くから認知した層としては、コンサルティング業界、軍事業界、学術業界などが挙げられる。アメリカでは、2012年にSFを用いたコンサルティングを行うSciFutures という会社が立ち上げられた。
学術方面では同年、カリフォルニア大学サンディエゴ校にアーサー・C・クラーク人類想像力センターが創設されている。『2001年宇宙の旅』などで知られる著名なSF作家クラークの遺志を継ぎ、SF的想像力を育て実社会に応用することを目的とした研究組織だ。軍事方面では、2016年にアメリカ海兵隊戦闘研究所がSFワークショップを開催したり、2018年にフランス陸軍が、未来予測のためにSF作家を雇い「RED TEAM」を結成したりしている。
特に近年、ビジネス界からのSFへの注目度を押し上げた要因の1つに、中国の小説『三体』の大ヒットがある。バラク・オバマやマーク・ザッカーバーグといった著名人がこぞって絶賛したこともあって『三体』は世界的に知られるようになり、それまでSFに馴染みがなかったビジネスパーソンまでが手に取るようになった。
中国国家はそこにSFの勝機を見出し、現在、SF産業に大きな力を入れている。例えば、世界のSF関係者・ファンが一堂に会するイベント「ワールドコン(世界SF大会)」に政府支援で作家や政治家を参加させたり、「SF都市宣言」を行った四川省・成都の未来像を描くSFコンテストを開催したり、『三体』の著者である劉慈欣を火星探査プロジェクトのイメージ大使に任命したりといったことである。SFプロトタイピングはビジネスだけでなく、国家・行政にも関係し得る。