モノを買ったり、投資をしたりするときに、金額が同じであればその価値は一緒だ。そうでなければおかしいとふつうは思う。それに対してカーネマンは、一見非合理的だが、利益よりも損失のほうに強く反応することを実験的に示し、プロスペクト理論を構築した。
得と損では、額は同じでも、意味は違う。われわれには、「儲けたい」「得をしたい」という気持ちよりも、「損をしたくない」という気持ちが強く働くものなのだ。
同じように、心理学では、ポジティブな出来事よりも、ネガティブな出来事に強く反応し、記憶にも残りやすいことが知られている。不安や恐怖を感じることは、喜びや期待を感じることより、われわれを動かす力が強い。
これまで進化心理学が明らかにしてきたことが、この1つの事実である。目の前にあるリスク(危険)やトラブルに注意を向けるほうが、サバイバルには都合がいい。
人間には、快楽や報酬に反応する神経系(側坐核【そくざかく】を中心とした快感中枢)と、不安や恐怖が支配する神経系(扁桃体【へんとうたい】を中心とした恐怖中枢)が、別々の脳の仕組みとして成り立っている。
オックスフォード大学のエレーヌ・フォックスは、それを「サニーブレイン」(お天気脳・楽観脳)と「レイニーブレイン」(雨降り脳・悲観脳)と呼んだ。要するに、人間の頭のつくりでは、楽観をつかさどる脳と、悲観をつかさどる脳が、機能分化しているのだ。
悲観は往々にして楽観に勝る。不安や恐怖は、われわれの行動を支配する。その力は予想以上に強く、楽観の3倍以上の力で、人々の行動をコントロールする。
だから、いつもミスやリスクに目が行ってしまう悲観的リーダーが上に立ったら、その組織は悲劇である。危機感によるマネジメントという言葉がはやったが、社員の危機感をあおることは、結局、組織全体に染みわたっている悲観をさらに強めてしまう。まるで、感染症のようなものだ。
だから、リーダーは楽観主義でなければならない。リーダーたるもの、景気がよくても悪くても悲観的になりがちなメンバーに向かって、その悲観を打ち消すほどの、圧倒的な楽観の持ち主でなければならないのである。悲観の感染を断ち切るには、リーダーシップがいる。
管理するのはマネジャーの役割であって、リーダーに求められる資質ではない。マネジメントとリーダーシップは、何かと一緒くたにされてしまうが、組織で上を目指そうとする人には、ぜひとも区別してほしいものだ。
なぜリーダーには楽観主義が似合うのか?
楽観主義と悲観主義という特徴あるものの見方によって、楽観脳と悲観脳が動かされ、予想どおりのいい結果と予想どおりの悪い結果がもたらされる。
楽観的なものの見方をする人は、快適さや希望に反応するポジティブな脳の中枢が喚起されやすく、その結果、いい出来事を呼び込むことが多くなる。反対に、悲観的なものの見方をする人は、不安や恐怖といったネガティブに脳の中枢が支配されやすく、結果として、よくないことばかりに遭う。
なんということだろうか! 楽観と悲観のものの見方が、それぞれ自己成就して、予想どおりの結果となって現れる。脳が晴れていればいいことが起こり、脳に雨が降っていれば悪いことばかりが起こるなんて、なんとも不思議だ。
リーダーは、まだ見ぬ未来に向けて、人を導いていかなければならない。その道は険しいし、ついてくる人たちも、不安や心配で心がいっぱいだろう。そんなときでも、みんなを励まし、自分が描いた未来に向けて、一致団結して進んでいかなければならない。だから、リーダーはバカバカしいほど楽天的で、周りを元気づけるパワーが欲しい。