1人ひとりのニーズを先読みして、きめ細かなサービスやベストな商品をレコメンドするとか、商品やサービスを通して顧客にわが社を好きになってもらう(ファン・コミュニティーをつくる)とか、リレーションシップを通してお金で買えない価値を提供する。
あるいは、知識や情報や関係といった目に見えない資産を使って、ビジネスを優位に導いていくことが求められている。これをインタンジブル・アセット(無形資産)と呼んでいる。
競争力を生み出す組織のコンピタンスは、ヒトが握っている。だから、理性を前に出せば角が立つし、人間がかかわっている以上、相手の感情にも配慮する必要がある。単に知能指数(IQ)がものをいうわけではない。
ダニエル・ゴールマンが広めた「心の知能指数(EQ)」という言葉は、もう使い古されて時代遅れだが、理性だけでは語れないものだ。リーダーシップにもそれがあてはまる。
よきリーダーはバランスの取れた脳の使い方をする。
もともと人の認知はすっきりとは割り切れないものだが、感性と理性を分けて考えようとするのが、学問の習性でもある。二重過程理論(デュアル・プロセス・セオリー)と呼ばれる一連の考え方によって、2種類の認知の働き方がまとめられている。
直感システムと推論システム、ヒューリスティック処理とシステマティック処理、システム1とシステム2など、ペアになった2つの機能が知られている。いろんな名前で呼ばれているが、「だるまさんが転んだ」と「坊さんが屁をこいた」と「インディアンのふんどし」みたいに、おおよそ同じルールのものだ。
ふだん、われわれは深く考えたり、注意しないでも、たいていのことはできてしまう。簡単なことであれば、あまり意識することなく、ぱっと見てすぐに判断できる。直感的でほぼ自動の認知の働きを、システム1(速い思考)と呼んでいる。
一方、物事がややこしくなってきて、無意識に解決できない状況に直面すると、慎重に深く判断する熟慮型の認知の働きに頼る。システム2(遅い思考)は、時間をかけてよく考え、理性的に判断する仕組みであり、論理的思考や注意深い判断を特徴としている。
たとえば、お問合せ窓口のスタッフであれば、コールを取った途端に、相手が怒っているかいないかを察知できる。また、「グラディウス」(コナミ)のファーストステージならば、鼻歌交じりでもクリアできる。ふだんはシステム1(速い思考)が働いているので、意識しなくても苦もなくこなすことができるものだ。
反対に、スマートフォンを選ぼうとして、たくさんの機種と複雑な料金体系の中から、自分の欲しいものを1つに決めるような場合には、細かく書かれた文字の中から必要な情報だけを抜き出し、注意深く比較検討したり、しっかりと吟味しなければならないから、システム2(遅い思考)が活躍する。
しかし、あんまり頭を悩ませて、せっかく買ったスマートフォンが本当に欲しかったものなのか、わからなくなってしまうこともあるから、玉にキズだ。
この2つの思考にはそれぞれ特徴がある。直感を頼りに自由な連想や想像(システム1の働き)をしていけば、気分が開けて楽しくなる。
反対に、理性と論理でがんじがらめの知的努力(システム2の働き)を行っていけば、細部にわたりチェックをし、ミスなくこなすことができるが、いろいろ心配で気が滅入ってしまう。頭の使い方の違いは、気分の違いにもかかわっている。
ノーベル経済学賞を受賞したプリンストン大学の心理学者ダニエル・カーネマン。経済学なのか心理学なのか、どっちなの? そう感じる人もいるだろうが、心理学と経済学の間にそびえ立っていた高層ビル並みの学問の垣根を崩した立役者である。