2021年2月、40年以上の長きにわたってスズキを陣頭で指揮されてきた鈴木修氏が、6月で会長職を辞すると表明した。スズキを3兆円規模のグローバルカンパニーに育て上げてもなお、自らを「中小企業のおやじ」と称し、決して初心を忘れることはない。
欧米企業を渡り歩き、経営戦略と財務への目利きでべらぼうな報酬を受け取る海外の経営者とは違って、ものづくりの現場を重視するわが国の製造業の模範のような経営者である。
「人は五感で何かをつかめる。科学的じゃないという人もいるだろう。しかし、行動を重ねながら五感で体験をしていくと、勘は当たるようになっていく」
コンピュータより勘ピュータ。91歳まで第一線で活躍した実業家の言葉は、孫の世代にあたる20~30代のビジネスパーソンには、妙に聞こえるかもしれない。
ビジネスの世界を見回してみれば、まちがいなく、理性が幅を利かせている。会議やディスカッションの席では、戦略の合理性や投資の効率などが、理性的かつ論理的に議論される。
またMBAプログラム(経営専門職大学院)では、ロジカルシンキング(論理的に考えること)とクリティカルシンキング(批判的に考えること)が重視されている。どちらも理性の働きばかりが強調される。
だから、勘といった非理性的なことが入り込むのを嫌う。それが現代だ。
しかし、人間が完全に合理的でないことは、古くは、ノーベル経済学賞を受賞したハーバート・A・サイモンの「限定合理性」の考え方からも広く知られている。経済学では、古典的に、合理的な計算を行って自分の利益を最大化するように動くと考えてきた。
「損得勘定」とか「算盤ずく」というやつである。しかし実際には、いつだって計算に基づいて行動するような人はいない。そんな人がいれば、「コスパばっかり言うな!」と周りからディスられる。
最近バズっている行動経済学では、われわれがいろんな選択をするにあたって、どれほど合理的ではないのかを熱心に研究している。ホモ・エコノミクス(合理的な経済人)を信奉してきた同じ経済学徒が、理性に反旗をひるがえしているようにも見える。
リーダーシップもしかり。リーダーたるもの、物事を理性で片づけてはならない。それはなぜか? 理性が勝るはずのビジネスで、どうして理性で片づけてはならないのか?
モノや金といった目にも見えるし、数値化もしやすい資源だけを扱っているのであれば、理性で判断してもかまわないかもしれない。ただし、現代のビジネスはそれでは足りない。