今夏開催されたパリオリンピック(五輪)・パラリンピックで、新たに注目を集めたフランス。美食や芸術で知られるこの国には、実は日本文化の愛好家が多い。なかでも今、分厚いファン層を持つのは漫画だ。
翻訳版のコミックスは1冊7ユーロ(約1120円、1ユーロ=160円で換算)ほどと安くはないが、小学生から50代と幅広い読者に愛され、2023年には4000万冊・533億円を売り上げた。これは日本に続く世界第2位の市場規模である。
筆者の住むパリ郊外では、日本のコミックスが公立図書館に所蔵され、人気作品の新刊は貸出待ちになる。9月から始まる新学期に合わせ、スーパーや文具店の棚には漫画・アニメのキャラクターグッズが溢れる。日本発の”MANGA”はすっかり、フランスの日常生活に浸透している格好だ。
文化習俗も国民性もまったく異なるこの地で、漫画はどのように普及し、愛されてきたのだろう。日本から1万キロメートル離れた場所で、その漫画読者たちはいかに育まれたのか? 現地の専門家に、フランス在住ライターが聞いた。
今回インタビューに答えてくれたのは、漫画評論家・ジャーナリストのファウスト・ファズロ氏。欧州最大のコミックの祭典「アングレーム国際漫画祭」で日本漫画部門の責任者を務め、フランス公共ラジオ局ではコメンテーターとして活躍している。自身ももちろん、熱烈な漫画愛読者だ。
フランスの漫画市場の特徴を問うと、「少年漫画が圧倒的に強い点でしょう」と答えた。
「フランスで売れている漫画の74%は、少年ジャンプ、少年マガジンなどで連載されている少年漫画のカテゴリー。続いて青年漫画が20%、少女漫画は5%ほどと少数派です。
フランスの漫画読者には女性も多いのですが、彼女たちが少年漫画を読む一方、男性読者は少女漫画を読みません。少女漫画の普及状況は、漫画の本国・日本とは大きく異なる点と言えます」
作品別に見ていくと、いくつかのタイトルが圧倒的な強さを誇っているという。
「ここ最近のトップはダントツで『ONE PIECE(ワンピース)』。そこに『NARUTO -ナルト-』『呪術廻戦』『僕のヒーローアカデミア(My Hero Academia)』『Spy×Family』が続いています。『進撃の巨人』も人気作品です」
日本で絶大な人気を誇る『名探偵コナン』は、フランスではより小規模でニッチな読者層に読まれている、などの違いもある。人気の80タイトルほどの新刊は、日本での刊行直後に翻訳されて書店に並び、それを楽しみに待つ常連のファンたちが、この国の漫画市場を支えている。
一方、23年には従来とは異なる読者層を開拓した作品もあった。スタジオ・ジブリの宮崎駿監督が約40年前に手がけた『シュナの旅』だ。
「フランスでは翻訳版がやっと昨年発売になり、1冊25ユーロ(約4000円)と高価にも関わらず、初年度だけで14万部が売れました。ジブリ映画はフランスでも大人気で、いまや宮崎監督の名は”品質保証”。普段は漫画を読まない人々も、宮崎監督の作品なら、と安心して購入したのでしょう。今年に入っても売れ続け、上半期だけで販売部数は4万5000部に及んでいます」