23年、フランスでは4000万部の日本漫画が売れ、売上高は3億3300万ユーロ(約533億円)。前年比では数字が落ちており、販売部数は18%、売上高は13%減少している。だがファズロ氏は「これが通常規模の数字で、問題には及ばない」と言う。21年・22年の数字が例外的に良すぎたのだ、と。
その理由は、フランス政府の若者向け文化政策にある。マクロン大統領2期目の公約として掲げられ、21年から施行された「カルチャーパス Pass Culture」だ。
この政策は、フランス在住のすべての15歳~18歳に、文化活動で使えるバウチャーを配布するというもの。専用アプリ経由で各種公演チケットや本、CD/DVD、楽器、画材、ミュージアム入場券の購入のほか、絵画教室などのレッスン料やデジタル新聞の購読料の支払いにも利用できる。
金額は年齢によって変わり、15歳には年20ユーロ(約3200円)、16歳・17歳には年30ユーロ(約4800円)、18歳には年300ユーロ(約4万8000千円)を支給。このバウチャーで、漫画を購入する若者が続出したのだ。
22年の報告書によると、利用者の49%が「カルチャーパス」を漫画に使用。21年の実施初年には、開始から半年足らずで330万冊のコミックスがこのパスで購入された。経済メディア「レ・ゼコー」は地方書店の喜びの声を報道し、なかでも前述の『One Piece』はこの政策によって24万5000部を売り上げたと伝えている。
「カルチャーパス」は現在も継続しているが、漫画に使われる割合は減少しており、24年上半期で全体の30%に留まる。加えて23年にはインフレを受けてコミックスの値段が6%ほど値上げされ、それが売り上げ減に影響しているとする声もある。数字上の売り上げが減っていても、漫画自体の人気は盤石の読者層に支えられているというのが、ファズロ氏の見解だ。
そのフランスの漫画読者の特徴として、ファズロ氏は「年齢層の広さ」を挙げる。
「日本の漫画がフランスに初めて輸入されたのは1960年代末。その後90年代に飛躍的に広がったので、40代~50代は子どもの頃から漫画に親しんでいます。親子で同じ作品を読んでいる家族は、今では珍しくなくなりました」
中高生の子がいる筆者のまわりでも、父親が読んだ漫画を息子に勧めて分かち合っている家族がいる。昨年公開の映画版「THE FIRST SLAM DUNK」を観に行った際、上映ホールでは親子連れの観客も多かった。
フランスのもう一つの特徴は、武道や格闘技のファンが多く、それが漫画の愛好者層と重なっている点だ。その背景には、60年代に翻訳された作品群がある。
「フランスで公開された最初期の日本漫画作品は、武士たちの物語でした。”BUDO”という名の武道雑誌に掲載され、中には平田弘史氏の作品もありました」
その後70年代末から80年代初頭には、スイス在住の日本人が日本漫画を仏語訳して漫画専門誌を刊行。手塚治虫、さいとうたかおなど大家の漫画を伝え、サブカルチャー的に一部の読者を掴んだが、大きな普及には至らなかった。
「ですがこの頃、フランスでの人気となる漫画の特徴を方向づける作品が翻訳出版されています。まず、石ノ森章太郎氏の『北風は黒馬の嘶き』(佐武と市捕物控シリーズ)のような、オリエンタリズムに響く武士の物語。そして中沢啓治氏の『はだしのゲン』に代表される、史実に基づいた物語です」(ファズロ氏)