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第1章 須藤 暁弥の生い立ち

第3話 妹のお願い

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 祖父が亡くなってから早2年。俺は14歳になった。妹がある日突然、父からもらった首飾りを交換したいと言ってきた。
「首飾りの交換だなんて……急にどうしたんだ?」
「ちょっとつけてみたくなっただけです。……ダメですか?」
「んー……」
 俺は少し迷う。父からもらった大事な首飾りを簡単に交換してしまっていいのだろうか。でも、普段あまりワガママを言わない妹のお願いでもある。ここは兄として言うことを聞いてあげてもいいのかもしれない。

「わかった。少しだけだぞ?」
「あ、ありがとうございます! 兄様!」
 妹は頬を赤く染めながら行儀よく頭を下げた。祖父が亡くなってからの妹の表情の変化は控えめだ。それだけにとても喜んでいるのがわかる。俺はそんな妹の頭をなでながら、つられて笑う。
 だが、1つだけ気がかりがあった。本人以外が首飾りに直接触れると、首飾りに付与されている呪術で攻撃される。と言っても、直接触れなければ問題ないので、普段は他者が触れることがないように、俺と妹は首飾りを服の下に隠していた。だからなおのこと、俺は? と、心配になり口を開きかけると、

「大丈夫です。兄様が心配するようなことは何も起こりません。安心してください」
「そうは言っても……」
 躊躇う俺に、無意識に握っていた拳を妹が解いてくれた。
「それほど心配なら、お互いに首飾りをかけ合うのはどうでしょう? それなら直接触れることもありませんし、術は発動しないと思うのですが。何より私たちを守るための護符の役割をしているものです。それで術が発動してしまっては本末転倒と存じます」
「……暮羽がそれほど言うなら、大丈夫なんだろう。よし! やってみよう」
 互いに首飾りを外す。俺は妹におそるおそる太陽の首飾りをかけてあげた。
 妹が言った通り、何も起きなかった。
「では、私もつけてさしあげますので、少しかかんでください」
 妹は俺に合うように紐の長さを調節しながら、俺に月の首飾りをかけてくれた。こちらも何も起きない。

「ふぅ。暮羽の言った通りだったな。心配して損した。さぁ、元に戻そうか?」
「もうしばらく貸してください。確かめたいことがあるので」
 そう言いながら、妹は太陽の首飾りを服の下に隠してしまった。
「お、おい!」
「兄様も隠して! 母様が来ます!」
 確かに首飾りを交換したと母に知られれば、妹が母から酷い目に合うだろう。俺は言われるがままに急いで首飾りを服の下に隠した。
「あら、2人ともここにいたの」
 鈴のようにコロコロとした声で、母が俺に向かって笑いかける。母は妹に向き直ると笑顔を貼り付けたまま着物の袖で口元を隠して、可憐な声のまま毒づく。
「暮羽? あなたにはお茶の用意をお願いしたはずだけど、こんなところで何をやっているの?」
「申し訳ありません、母様。すぐにお茶の用意を持って、」
「もういい! 他の使用人に言いつけたから、あなたには庭掃除を頼むわ。穢らわしい妖に魂を奪われた哀れな娘に居場所を与えてやってるだけでも、ありがたく思いなさい?」
「はい。かしこまりました、母様」
 妹は命じられるままに、外へと出向いた。
「私のかわいい暁弥、こっちに来なさい?」
 俺は言われるまま母に歩み寄る。
「はい、母さん。なんでしょうか?」
「あの妖に何かされなかった?」
「いえ、何も……」
 母に見つめられるのに、居心地の悪さを感じて、目を背けながら俺は答える。

「なら、良かった。近々あの妖も阿倍野様がなんとかしてくださるそうよ? 『須藤家の娘』だのなんだのほざいて、私と阿倍野様の仲をさんざん邪魔してきたけれど、これでやっ……と! 阿倍野様と結ばれるわ!!」
 うっとりとした表情で母は天を仰いだが、さきほどの唐突な妹のワガママに得心がいった。俺には呪術のことはさっぱりだが、俺の首飾りと妹の首飾りにはおそらく。それを確認するために、妹は交換したんだと。
 だが、それが何なのかはこうやって身につけていても俺には分からなかった。

 それから3日後のことである。アレが須藤邸に襲撃してきたのは。

 つづく
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