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第1章 須藤 暁弥の生い立ち
第2話 須藤家にいた日々
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あの首飾りをもらってからも父はたびたび来たが、今まで俺の稽古ばかりをつけていたのが、だんだんと妹に熱心に指導するようになった。
妹は俺と真逆で武術よりも妖力や霊力を用いた術……呪術の方が得意なようだった。護符や術式の描き方や笛の稽古はそれなりに熱心にやっていたが、舞の稽古になるとすぐに飽きてやめてしまう。それどころか、言い争う声まで聞こえて来る。
「父様はいつも私に舞の稽古をやりたがりますが、それは本当に必要なことですか?」
「あぁ、舞の稽古は神に捧げる儀式に必要だ。何より、霊力の底上げにもなる。それは説明しなくても、お前にはわかっているだろう?」
「父様こそ、わかっているでしょう? 阿倍野家と須藤家とでは、祀っているものも違う、と。大丈夫です、舞の稽古は祖父から厳しく指導を受けているので。それより兄様の剣術の稽古をつけてあげてください」
「暮羽、お前はいつも頑固だなぁ。誰に似たんだか……」
父がため息をつきながら、あごに手をやる。俺は父さんに声をかけた。
「父さん!」
「暁弥かぁ。どうしたんだ?」
「俺ぇ、もう動かない的に剣を打ち込むのは飽きました。模擬戦をしていただけませんか?」
「暁弥。気持ちはわからんでもないが、自主練も大事だぞ?」
「でも、動かない的では実践では役に立ちません……」
俺は父の気の乗らない返事に、うつむき無意識に両手を強く握り込む。父は頭をポリポリとかきながら、
「あー、わかったわかった! 少し気分転換しよう。街で好きな物を買ってやるから、準備しよう?」
「え?」
「わぁーい! 俺、街でなんか美味しい物食べたいです! 暮羽は何がいい?」
俺がワクワクしながら妹に問うと、モジモジしながら言いにくそうにぼそぼそ喋る。
「私、その……訪問着などは持ってなくて……家の外には出られません」
「じゃあ、暮羽には好きな服を買ってあげるよ」
「そ、それは……申し訳ないというか……」
父はしゃがんで妹に目線を合わせようとするが、妹はうつむいたままで視線が合わない。仕方なく父は手をパンパンと叩き使用人を呼ぶ。
「今から街に出る。子供たちの支度を頼む」
「はい。かしこまりました」
それから、俺たちは使用人に着替えさせてもらい、父の使用人が運転する車で街へと出かけた。自転車だと遠くて行けなかった街が車だとあっという間に着いて、俺はびっくりした。
最初によったのは、女の子向け用の洋服売場だったが、妹はなぜかプレゼントを拒んでいたので、父が妹に似合いそうなものをいくつか見つくろって買っていた。その後にファミレスにより、俺がハンバーグやら好き勝手に食べていたが、妹は食欲がないと言い、父に強くうながされ渋々小さめの季節のパフェを頼んでいた。
帰りの車の中で、俺はこれ以上ない幸福感に満ちていた。これだけ父とたくさん話したのは、おそらく初めてだし、父と一緒に好きな物を食べられるとは思っていなかったからだ。
父とは玄関先で別れを告げ、その日は終わった。
それからほどなくして祖父が入院し、亡くなった。遺産のことなどで大人たちが少々もめたらしいが、その中でも議題は妹の暮羽がメインのようだった。というのも妹は須藤家の中でも特殊な先祖返りという存在らしく、能力をうまく制御できるように指導する立場の人が必要らしい。
その指導する立場として祖父が後見人を指名したはいいが、その人は祖父が亡くなった当時はまだ未成年だったらしく、後見人が成人するまで、俺たち家族は以前と変わらず須藤の家で暮らすことになった。
俺と母は以前として阿倍野家で暮らすことを夢見ていたが、『須藤の娘として、ここに残ります』と言って、妹は頑として受け入れなかった。
それが亡くなった祖父と暮らした場所を手離したくない気持ちからくるものなのか、先祖返りとして使命からくるものなのか、俺には分からなかった。
そんな態度をとり続ける妹への、母の態度は厳しくなっていった。
母は妹が小学校に通う歳になっても、「妖が人間に混ざったら大変なことになる!」などと言い、学校には行かせず、家で雑務をやらせていた。
俺が学校から帰ってくると、たまに妹の前髪のすき間や袖口から傷がのぞくこともあった。
俺はそれには触れず、
「暮羽、今日もお疲れ様」
とだけ言って、妹の頭をなでた。
妹はその時だけ嬉しそうに目を細めていたが、そのうち、母から「触ったら、妖力汚染が起きるからやめなさい!」と、叱られてしまい、触れることも言葉を交わすことも減っていった。
妹の表情は日に日に、人形のように硬く無機質なものになっていった。
家の空気は祖父がいなくなってから、徐々に重苦しさを増し、俺は家に帰って鍛錬する時間よりも友人と遊ぶ時間の方が長くなっていった。
あんな家なくなってしまえばいいのに。そう思いながら毎日過ごしていた。
つづく
妹は俺と真逆で武術よりも妖力や霊力を用いた術……呪術の方が得意なようだった。護符や術式の描き方や笛の稽古はそれなりに熱心にやっていたが、舞の稽古になるとすぐに飽きてやめてしまう。それどころか、言い争う声まで聞こえて来る。
「父様はいつも私に舞の稽古をやりたがりますが、それは本当に必要なことですか?」
「あぁ、舞の稽古は神に捧げる儀式に必要だ。何より、霊力の底上げにもなる。それは説明しなくても、お前にはわかっているだろう?」
「父様こそ、わかっているでしょう? 阿倍野家と須藤家とでは、祀っているものも違う、と。大丈夫です、舞の稽古は祖父から厳しく指導を受けているので。それより兄様の剣術の稽古をつけてあげてください」
「暮羽、お前はいつも頑固だなぁ。誰に似たんだか……」
父がため息をつきながら、あごに手をやる。俺は父さんに声をかけた。
「父さん!」
「暁弥かぁ。どうしたんだ?」
「俺ぇ、もう動かない的に剣を打ち込むのは飽きました。模擬戦をしていただけませんか?」
「暁弥。気持ちはわからんでもないが、自主練も大事だぞ?」
「でも、動かない的では実践では役に立ちません……」
俺は父の気の乗らない返事に、うつむき無意識に両手を強く握り込む。父は頭をポリポリとかきながら、
「あー、わかったわかった! 少し気分転換しよう。街で好きな物を買ってやるから、準備しよう?」
「え?」
「わぁーい! 俺、街でなんか美味しい物食べたいです! 暮羽は何がいい?」
俺がワクワクしながら妹に問うと、モジモジしながら言いにくそうにぼそぼそ喋る。
「私、その……訪問着などは持ってなくて……家の外には出られません」
「じゃあ、暮羽には好きな服を買ってあげるよ」
「そ、それは……申し訳ないというか……」
父はしゃがんで妹に目線を合わせようとするが、妹はうつむいたままで視線が合わない。仕方なく父は手をパンパンと叩き使用人を呼ぶ。
「今から街に出る。子供たちの支度を頼む」
「はい。かしこまりました」
それから、俺たちは使用人に着替えさせてもらい、父の使用人が運転する車で街へと出かけた。自転車だと遠くて行けなかった街が車だとあっという間に着いて、俺はびっくりした。
最初によったのは、女の子向け用の洋服売場だったが、妹はなぜかプレゼントを拒んでいたので、父が妹に似合いそうなものをいくつか見つくろって買っていた。その後にファミレスにより、俺がハンバーグやら好き勝手に食べていたが、妹は食欲がないと言い、父に強くうながされ渋々小さめの季節のパフェを頼んでいた。
帰りの車の中で、俺はこれ以上ない幸福感に満ちていた。これだけ父とたくさん話したのは、おそらく初めてだし、父と一緒に好きな物を食べられるとは思っていなかったからだ。
父とは玄関先で別れを告げ、その日は終わった。
それからほどなくして祖父が入院し、亡くなった。遺産のことなどで大人たちが少々もめたらしいが、その中でも議題は妹の暮羽がメインのようだった。というのも妹は須藤家の中でも特殊な先祖返りという存在らしく、能力をうまく制御できるように指導する立場の人が必要らしい。
その指導する立場として祖父が後見人を指名したはいいが、その人は祖父が亡くなった当時はまだ未成年だったらしく、後見人が成人するまで、俺たち家族は以前と変わらず須藤の家で暮らすことになった。
俺と母は以前として阿倍野家で暮らすことを夢見ていたが、『須藤の娘として、ここに残ります』と言って、妹は頑として受け入れなかった。
それが亡くなった祖父と暮らした場所を手離したくない気持ちからくるものなのか、先祖返りとして使命からくるものなのか、俺には分からなかった。
そんな態度をとり続ける妹への、母の態度は厳しくなっていった。
母は妹が小学校に通う歳になっても、「妖が人間に混ざったら大変なことになる!」などと言い、学校には行かせず、家で雑務をやらせていた。
俺が学校から帰ってくると、たまに妹の前髪のすき間や袖口から傷がのぞくこともあった。
俺はそれには触れず、
「暮羽、今日もお疲れ様」
とだけ言って、妹の頭をなでた。
妹はその時だけ嬉しそうに目を細めていたが、そのうち、母から「触ったら、妖力汚染が起きるからやめなさい!」と、叱られてしまい、触れることも言葉を交わすことも減っていった。
妹の表情は日に日に、人形のように硬く無機質なものになっていった。
家の空気は祖父がいなくなってから、徐々に重苦しさを増し、俺は家に帰って鍛錬する時間よりも友人と遊ぶ時間の方が長くなっていった。
あんな家なくなってしまえばいいのに。そう思いながら毎日過ごしていた。
つづく
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