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第1章 須藤 暁弥の生い立ち

第4話 鮮明に刻まれた記憶

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 首飾りを交換してから3日後のことである。空から見たこともない大きな妖が須藤邸に襲撃してきたのは。
「そんな! 家の周りには結界が張られていたはず……。なのに、妖だなんて……!!」
 家の庭で鍛錬をしていた俺が真っ先に気づき、嫌な汗が額から頬を伝い流れ落ちた。この家に妖退治人としてまともに戦える者は使用人を含め、誰もいない。
 俺が戦うしかないと思った。幸い、退治人としての基本的な武術は父から教わっている。俺は急いで庭を駆けて祖父の部屋へ行き、須藤家に代々伝わるとされる刀を取り行く。大きな妖は鳥型をしていて、俺を追って低く滑空し、家の屋根などを一部壊していく。
 窓から祖父の部屋へ入り、床の間にあった刀を手に取ると、天井からミシミシと音がした。俺が転げるようにして庭に出た瞬間、妖が祖父の部屋を踏み潰した。
「なに!? 何が起こっているの?!」
 騒ぎを聞きつけた使用人たちが、とても慌てた様子で崩れていない縁側から顔を出した。
「妖が来たんだ!!」
「誠ですか?! 今すぐ安否確認を!」
「はい!!」
 俺が叫ぶと、使用人たちは母と妹を見つけに駆け出す。
 妖は俺目掛けて突進してくる。俺は鞘から刀を抜き、切っ先を妖に定め刀を振り抜くが、確かに当たったはずなのに、妖は傷1つ付いている様子はなかった。
 突如妖が禍々しい鳴き声をあげる。俺が不快な音に顔をしかめると、妖は己の口を大きく開いて、妖力を溜め始める。それはやがて大きな黒い球状の物体となって、妖しい光を帯びる。
「やばい!! ここであんなものをぶっ放されたら、このあたりに瘴気が満ちるぞ!」

 妖力の球が光線として放たれる寸前、俺と妖の間に立ちはだかった者がいた。
「暮羽!!」
 妹が横笛で妖の攻撃を受け止めながら、俺に語りかける。
「大丈夫です、この笛は父様から授かった特別な笛です! この攻撃をなんとか吸収できるでしょう……」
「暮羽、やめろ! 危険すぎる!!」
「兄様! この辺り一面が妖力に汚染され、瘴気に満ちたら……何ものも生きられなくなる、と、なります! ……それだけはっ、退治人として避けねば、なりません!!」
「それはそうだが、」
「最後に、はぁはぁ。兄様、たちに……謝っておかねば、ならないことがあります……」
 妹は攻撃を受け止めるが辛くなってきたのか、徐々に息が荒くなり、言葉につまり始める。
「もういい、やめろぉ!」
「にい、さまと。かあ……さまには、阿倍野家で平穏に、く、暮らしたいという、気持ちを……はぁはぁ。踏みにじって、しまいました……。申し訳なかった……です」
「……暮羽」
「最後にっ! 須藤の、娘としての……お役目を。果たさせてください!! ……はああぁぁぁっ!!」
 妹の咆哮の刹那、妖力が満ちた黒い光線は、白い光へと変わり、爆発する。

「うわぁっ!!」
 目が眩むほどの光と爆風を受けて、俺は意識を失った。

「……ちゃま! 坊っちゃま!!」
 使用人の呼ぶ声で俺は目が覚めた。薄目を開けながら辺りを見ると、普段は使ってない部屋なのか、天井の隅には古びた蜘蛛の巣が張っていた。
 俺はなぜ眠っていたのか記憶を辿る。そこで妖による襲撃事件を思い出した。
「暮羽は?!」
 勢いよく体を起こすと、頭がズキズキ痛む。使用人が俺の体を心配し、ゆっくり横たえさせながら答える。
「坊っちゃま、まだ安静にしていないと。その、言い難いのですが……。妹君のことですが、行方不明なのです……」
「ゆくえ……ふめい?」
 別の使用人が答える。
「はい。暮羽様はおそらく、妖力汚染によって消滅したものと思われます。……暁弥様は、退治人としての生業をしたことがなかったので、知らなかったと思いますが、退治人の中ではよくあることで、強い妖力汚染をその身に受けると、体が妖力に耐えきれず、塵の一片も残さずに死んでしまうそうです……」
 しばしの間、沈黙が支配した。
「……え? でも、だとしたら、なんで俺が生きて……。あ、そうだ。……母さんは? 母さんの体は妖力に過敏だったはず! 母さんは無事なのですか?!」
「落ち着いてください、傷口が開きます。母君は今、清須の伝手つてで、退治人用の病院に入院しています。ですが、元々病弱であることと、坊っちゃまが仰られた体質が災いして、此度の妖による襲撃の件で体調を大きく崩されまして、治療は難しいとのこと。そこで、見かねた阿部野様のご提案で、阿倍野一門の医師にかかることが決まったそうです」
「阿倍野一門に?」
「ええ。母君はもともと阿部野様の庇護を求めていらっしゃいましたし、阿部野様も『自身が招いた結果』だと、お嘆きなって……。坊っちゃまは、これからどうなされますか? 母君とご一緒に阿部野様の庇護を受けられますか?」

「……暮羽は、『須藤の娘』としての役目を果たしたい。そう言って、亡くなりました。暮羽は、おじいちゃんっ子で、常にお爺様の言いつけを守り、お役目のために、学校にも行かず須藤家としての日々の役目を行っていたのです……!」
 妹の暮羽のことを思い出すと、涙が溢れ出てきた。
「俺はっ……! 呪術のことはわからないと言ってっ! 須藤のことについてろくに勉強もせず、のうのうと普通に学校に行って、学校でも勉学よりも友人との遊びに夢中で……。帰ってきてからは、剣術のことばかりで、妹の前髪の隙間や袖口からのぞく傷にも無視をしました……!」
「……」
「俺は……須藤のために生き、須藤のために死んだ妹のために……。須藤としての責務を果たしたいですっ!」

 仰向けになったまま、俺は顔を右手の甲で隠して泣いた。この後悔が無駄ならないように努力しようと誓った日だった。

 つづく
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