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13話(母親⑤)
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「……相変わらずでしたわねぇ、レオーヌ侯爵夫人」
ロザンナが去った後、室内には気怠い空気が流れていた。
「彼女を責めないであげて。今回は私に非があるわ」
王妃が苦笑を浮かべながら、ロザンナを庇おうとする。
「そんな……王妃様に責任はございません。作った人間が誰かで、態度を変えるような彼女に問題があります」
「ですが、何故レオーヌ侯爵夫人を招待したのですか? あれは、今回の趣旨をまったくご理解されていないようでした。せめて招待状に、記載しておけばよかったのです」
若干強い口調で王妃に進言したのは、ロザンナに文通の件を教えた公爵夫人だった。
「私も迷ったのだけれど、流石に何も言わなくても分かっていると思ったの」
王妃は瞼を閉じて、深い溜め息をついた。
この日は、かつてロシャーニア王国で起こった、社会的地位の向上を目的とする女性運動の記念日だ。
最初は平民の女性だけで行われていたが、やがては高位貴族の女性たちも加わり、平民と同じ格好で活動をしていたという。
そんな彼女たちに敬意を表して、質素なドレスを着て茶会を開くのが習わしとなっている。
ちなみに運動が起こったのは、今からほんの百年前。歴史が浅い分、子供でも知っている出来事だ。
それを知らないというのは、よほどの無知と言える。
「……運動があったこと自体は、ご存じかもしれませんわよ。ですが、『昔のことなんて、どうでもいい』と思っていらっしゃるのかもしれません」
「それは困ったわね……」
自分の考えを述べる公爵夫人に、王妃は肩を竦めて紅茶を啜った。
「……そういえば、銀色の薔薇についてなのですけれど、それはどのようなものなのでしょう? 娘がいくら質問しても、とても綺麗ということしか教えてくださらなかったらしいのです」
話題を変えるように、ルディック伯爵夫人が王妃に尋ねる。
そのことは、他の夫人も疑問に思っていた。
白い薔薇に銀箔を貼りつけたものを、銀色の薔薇と呼ぶことがある。
しかし、そのようなチープなものを王女が好むとは考えにくい。
「そうねぇ……」
夫人たちの注目を集めながら、王妃は娘が焼いたクッキーを摘まんだ。
「私も一度見せてもらったけれど……あれは銀色の薔薇ではなく、眠り姫と言ったほうが正しいかしら」
「眠り姫……?」
「これ以上は何も言えないわ。リーネに怒られてしまうもの」
そこで話を切り上げ、美味しそうにクッキーを齧る王妃に、夫人たちは首を傾げるのだった。
その頃。王宮専属の医師は、とある豪邸を訪れていた。
リーネ王女が住まう離宮である。王族は十歳になるまでは王宮から離れ、乳母と使用人たちと暮らすしきたりとなっているのだ。
「先生、おはようございます!」
キャラメルブロンドの少女が、満面の笑みを浮かべながら医師にカーテシーを披露する。
此度の王妃が初めて産んだ女児は、とても明るく素直な子だ。医師もつられるように笑みを零す。
「おはようございます、王女殿下。本日もお元気そうで何よりです」
医師は、定期的にリーネの健診を行っている。だが、近頃はもう一つ仕事が増えた。
「彼女の様子に、何か変化はありましたか?」
「……ううん」
リーネは悲しそうに目を伏せながら、ふるふると首を横に振った。
医師は一拍置いてから「そうですか」と相槌を打ち、王女やメイドとともに長い廊下を進んでいく。
そして、突き当たりにある部屋に辿り着いた。以前までは、客室として使われていた場所だ。
ゆっくりと扉を開き、中へ足を踏み入れる。
華美な装飾はされておらず、シンプルな内装となっている。過度の贅沢を嫌う国王と王妃の方針だった。
そして白いベッドで眠る一人の少女。
少しぱさついているものの、窓から差し込む陽光を浴びて輝きを放つ銀色の髪。
頬肉が若干こけていても尚、失われることのない美貌。むしろ、青白い肌がそれをより一層引き立てていた。
ロザンナが去った後、室内には気怠い空気が流れていた。
「彼女を責めないであげて。今回は私に非があるわ」
王妃が苦笑を浮かべながら、ロザンナを庇おうとする。
「そんな……王妃様に責任はございません。作った人間が誰かで、態度を変えるような彼女に問題があります」
「ですが、何故レオーヌ侯爵夫人を招待したのですか? あれは、今回の趣旨をまったくご理解されていないようでした。せめて招待状に、記載しておけばよかったのです」
若干強い口調で王妃に進言したのは、ロザンナに文通の件を教えた公爵夫人だった。
「私も迷ったのだけれど、流石に何も言わなくても分かっていると思ったの」
王妃は瞼を閉じて、深い溜め息をついた。
この日は、かつてロシャーニア王国で起こった、社会的地位の向上を目的とする女性運動の記念日だ。
最初は平民の女性だけで行われていたが、やがては高位貴族の女性たちも加わり、平民と同じ格好で活動をしていたという。
そんな彼女たちに敬意を表して、質素なドレスを着て茶会を開くのが習わしとなっている。
ちなみに運動が起こったのは、今からほんの百年前。歴史が浅い分、子供でも知っている出来事だ。
それを知らないというのは、よほどの無知と言える。
「……運動があったこと自体は、ご存じかもしれませんわよ。ですが、『昔のことなんて、どうでもいい』と思っていらっしゃるのかもしれません」
「それは困ったわね……」
自分の考えを述べる公爵夫人に、王妃は肩を竦めて紅茶を啜った。
「……そういえば、銀色の薔薇についてなのですけれど、それはどのようなものなのでしょう? 娘がいくら質問しても、とても綺麗ということしか教えてくださらなかったらしいのです」
話題を変えるように、ルディック伯爵夫人が王妃に尋ねる。
そのことは、他の夫人も疑問に思っていた。
白い薔薇に銀箔を貼りつけたものを、銀色の薔薇と呼ぶことがある。
しかし、そのようなチープなものを王女が好むとは考えにくい。
「そうねぇ……」
夫人たちの注目を集めながら、王妃は娘が焼いたクッキーを摘まんだ。
「私も一度見せてもらったけれど……あれは銀色の薔薇ではなく、眠り姫と言ったほうが正しいかしら」
「眠り姫……?」
「これ以上は何も言えないわ。リーネに怒られてしまうもの」
そこで話を切り上げ、美味しそうにクッキーを齧る王妃に、夫人たちは首を傾げるのだった。
その頃。王宮専属の医師は、とある豪邸を訪れていた。
リーネ王女が住まう離宮である。王族は十歳になるまでは王宮から離れ、乳母と使用人たちと暮らすしきたりとなっているのだ。
「先生、おはようございます!」
キャラメルブロンドの少女が、満面の笑みを浮かべながら医師にカーテシーを披露する。
此度の王妃が初めて産んだ女児は、とても明るく素直な子だ。医師もつられるように笑みを零す。
「おはようございます、王女殿下。本日もお元気そうで何よりです」
医師は、定期的にリーネの健診を行っている。だが、近頃はもう一つ仕事が増えた。
「彼女の様子に、何か変化はありましたか?」
「……ううん」
リーネは悲しそうに目を伏せながら、ふるふると首を横に振った。
医師は一拍置いてから「そうですか」と相槌を打ち、王女やメイドとともに長い廊下を進んでいく。
そして、突き当たりにある部屋に辿り着いた。以前までは、客室として使われていた場所だ。
ゆっくりと扉を開き、中へ足を踏み入れる。
華美な装飾はされておらず、シンプルな内装となっている。過度の贅沢を嫌う国王と王妃の方針だった。
そして白いベッドで眠る一人の少女。
少しぱさついているものの、窓から差し込む陽光を浴びて輝きを放つ銀色の髪。
頬肉が若干こけていても尚、失われることのない美貌。むしろ、青白い肌がそれをより一層引き立てていた。
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