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14話

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 常人よりもやや弱いものの、心音、脈拍に問題はない。
 呼吸も正常に行われている。
 ただ昏々こんこんと眠り続けているだけだ。昼夜問わず、ずっと。

「ふーむ……」
「先生。お姉さんは、もう目を覚まさないの?」

 不安そうな表情で尋ねるリーネに、医師は聴診器を外しながら小さく唸った。

「そうですね……眠り続けている原因が分からない以上、何とも言えません。このようなケースは初めて見ます」
「うん……」
「……本当かは定かではありませんが、何らかの心的外傷を受けた場合、体が目覚めるのを拒絶するケースがあると言われております」
「しんてきがいしょー?」

 リーネが目をぱちくりさせる。

「深い心の傷を負うことです」
「……心の傷」

 リーネはそう呟きながら、銀髪の少女を一瞥した。

「それはどうしたら治せるの?」
「効果的な治療法はありません。今はただ、本人の意思で目を覚ますのを待ちましょう」
「……分かった!」

 元気に返事をした小さな王女に、医師は頬を緩める。

「ですから、その時までゆっくり見守っていてあげてください」
「うん! あのね、今お菓子を作る練習をしてるの。お姉さんが起きたら、いっぱい食べてもらうの!」
「そうでございますか。リーネ様はお優しい方ですね」

 キャラメルブロンドの髪を優しく撫でる。無礼な行為だとは思うのだが、こうしなければ「撫でて!」としつこくねだられるのだ。国王と王妃からも、「普通の子供のように接して構わない」と了承を得ていた。
 その後、リーネの健診も行った。大切に育てられている王女は、本日も健康そのものである。

「では、私はこれで失礼いたします」
「あ、ちょっと待って。これあげるね」

 リーネが医師に手渡したのは、赤いリボンに包まれた小さな包みだった。

「こちらはリーネ様が焼き上げたクッキーでございます。どうぞ、お召し上がりくださいませ」

 穏やかに微笑みながらメイドが言う。

「はい。後で家族といただきますね」
「先生、ばいばーい!」

 大きく手を振って見送るリーネに、医師も手を振り返しつつ、離宮を後にする。
 甘いものが大好きな妻子が喜びそうだ。家族の顔を思い浮かべ、帰路についている時だった。
 一台の馬車が、医師の側を横切る。
 その際、車内に視線を向けると、とある人物が近衛兵とともに同乗していた。

 深い海の底のような濃紺の髪。
 切れ長の目と、感情を欠いた端正な顔立ちは、どこか冷たい印象を抱かせる。
 リーネの兄にあたる、ロシャーニア王国第一王子兼王太子のメルヴィンだ。
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