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12話(母親④)
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「え……?」
「あの子、近頃お菓子作りに夢中で、侍女やコックに手伝ってもらいながら色々と作っているの。先日は、アップルパイにも挑戦していたわ」
王妃が嬉しそうな表情で語る。
だが室内の空気は、完全に凍りついていた。どの夫人も、顔を強張らせながら俯いているか、ロザンナへ目を向けている。
「リ、リーネ王女殿下の手作りとは知らず、大変失礼いたしました!」
ロザンナは我に返ると、すぐさま頭を下げた。
「いいえ。こんなものを茶会の場に出してしまった私が悪いわ。あの子に、『ご夫人たちに味の感想を聞いて』と言われたものだから、つい……」
「と、とても素晴らしいお味でしたわっ! リーネ殿下にもそうお伝えください!」
愛想笑いを浮かべながら、王妃の言葉を遮るように叫ぶ。すると、離れた席からクスクスと笑う声が聞こえて来た。
見苦しい醜態を晒しているのは、自分でも分かっている。けれど、今は王女をおだてること以外に、この場を乗り切る方法が見つからなかった。
「リーネ殿下と言えば、先日、銀色の薔薇を手に入れられたそうですね」
そんななか、ルディック伯爵夫人が王妃にそう話題を振った。
王妃も「ええ」と表情を緩めて、相槌を打つ。
「自分が一生懸命守るんだって張り切っているのよ」
「そうなのですね。まだ小さいのに、とてもご立派な方ですわ。ですが……」
「ちょ、ちょっとお待ちになって。どうしてルディック伯爵夫人がそのことをご存じなの?」
ロザンナが二人の会話に割って入る。
王室に関する新聞記事は、毎日使用人にチェックさせている。しかし、そんな話は聞いたことがない。
その質問に答えたのは、公爵家の夫人だった。
「リーネ殿下とルディック伯爵家のご息女は、文通をされていらっしゃるからよ」
「なっ……」
伯爵家の分際で、王女と文通?
愕然とするロザンナに、公爵夫人が眉を寄せる。
「本当にご存じなかったの?」
「……うちは田舎で、都会の情報が入って来ませんのよ」
呆れたような口調で問われて、ロザンナは声を震わせながら反論した。
それを対して公爵夫人は、冷ややかな眼差しを送る。
「田舎なのを承知で、嫁がれたのでしょう? それに、情報など他の貴族との手紙のやり取りで得られるわ」
「王妃様。申し訳ありませんが、体調があまり優れないので本日はこれで失礼いたしますわ!」
一人だけ華やかなドレスを着てきた。たったそれだけのことで、馬鹿にするような態度を取られて、もう我慢の限界だった。
「あら、大丈夫? 別のお部屋で暫く休んでから帰っていいのよ」
「いいえ。そのお気持ちだけいただきます」
王妃の気遣いをやんわりと断り、ロザンナは部屋を退出した。
そして、怒りの形相で懐から扇子を握り締める。
(あいつら……覚えてなさい!)
大体、王妃も悪いのだ。最初からリーネが焼いたクッキーだと明かしていれば、こんなことにはならなかった。
「奥様? もうお茶会が終わったのですか?」
屋敷を出て馬車へ向かうと、中で待っていたメイドは不思議そうに目を丸くした。
「……違うわ。あんまりにもつまらないから、抜け出してきたのよ。ほら、さっさと御者に馬を出すように言いなさい!」
「は、はい。かしこまりました!」
ロザンナの刺のある物言いに何かを察したのか、メイドがそれ以上詮索することはなかった。
「あの子、近頃お菓子作りに夢中で、侍女やコックに手伝ってもらいながら色々と作っているの。先日は、アップルパイにも挑戦していたわ」
王妃が嬉しそうな表情で語る。
だが室内の空気は、完全に凍りついていた。どの夫人も、顔を強張らせながら俯いているか、ロザンナへ目を向けている。
「リ、リーネ王女殿下の手作りとは知らず、大変失礼いたしました!」
ロザンナは我に返ると、すぐさま頭を下げた。
「いいえ。こんなものを茶会の場に出してしまった私が悪いわ。あの子に、『ご夫人たちに味の感想を聞いて』と言われたものだから、つい……」
「と、とても素晴らしいお味でしたわっ! リーネ殿下にもそうお伝えください!」
愛想笑いを浮かべながら、王妃の言葉を遮るように叫ぶ。すると、離れた席からクスクスと笑う声が聞こえて来た。
見苦しい醜態を晒しているのは、自分でも分かっている。けれど、今は王女をおだてること以外に、この場を乗り切る方法が見つからなかった。
「リーネ殿下と言えば、先日、銀色の薔薇を手に入れられたそうですね」
そんななか、ルディック伯爵夫人が王妃にそう話題を振った。
王妃も「ええ」と表情を緩めて、相槌を打つ。
「自分が一生懸命守るんだって張り切っているのよ」
「そうなのですね。まだ小さいのに、とてもご立派な方ですわ。ですが……」
「ちょ、ちょっとお待ちになって。どうしてルディック伯爵夫人がそのことをご存じなの?」
ロザンナが二人の会話に割って入る。
王室に関する新聞記事は、毎日使用人にチェックさせている。しかし、そんな話は聞いたことがない。
その質問に答えたのは、公爵家の夫人だった。
「リーネ殿下とルディック伯爵家のご息女は、文通をされていらっしゃるからよ」
「なっ……」
伯爵家の分際で、王女と文通?
愕然とするロザンナに、公爵夫人が眉を寄せる。
「本当にご存じなかったの?」
「……うちは田舎で、都会の情報が入って来ませんのよ」
呆れたような口調で問われて、ロザンナは声を震わせながら反論した。
それを対して公爵夫人は、冷ややかな眼差しを送る。
「田舎なのを承知で、嫁がれたのでしょう? それに、情報など他の貴族との手紙のやり取りで得られるわ」
「王妃様。申し訳ありませんが、体調があまり優れないので本日はこれで失礼いたしますわ!」
一人だけ華やかなドレスを着てきた。たったそれだけのことで、馬鹿にするような態度を取られて、もう我慢の限界だった。
「あら、大丈夫? 別のお部屋で暫く休んでから帰っていいのよ」
「いいえ。そのお気持ちだけいただきます」
王妃の気遣いをやんわりと断り、ロザンナは部屋を退出した。
そして、怒りの形相で懐から扇子を握り締める。
(あいつら……覚えてなさい!)
大体、王妃も悪いのだ。最初からリーネが焼いたクッキーだと明かしていれば、こんなことにはならなかった。
「奥様? もうお茶会が終わったのですか?」
屋敷を出て馬車へ向かうと、中で待っていたメイドは不思議そうに目を丸くした。
「……違うわ。あんまりにもつまらないから、抜け出してきたのよ。ほら、さっさと御者に馬を出すように言いなさい!」
「は、はい。かしこまりました!」
ロザンナの刺のある物言いに何かを察したのか、メイドがそれ以上詮索することはなかった。
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