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8の扉 デヴァイ
廊下と礼拝堂
しおりを挟むなんか、既視感………。
半分抱えられて走りながら、そう、思っていた。
確か、グロッシュラーに着いた当初も。
こんな感じじゃ、なかったっけ?
薄暗い廊下、美しいまじないランプを横目で見ながら、「ああ、あれも素敵!」と目の動きと心の中は忙しかった。
暫く廊下を走り、あの人が見えなくなると徐々に速度が落ちる。
一応、自分の足でも走っているつもりだったけど。
千里の腕の力が抜けると、地に足がついてほぼ抱えられていた事が分かる。
確かに自分の足で走ったならばもっと足音がしただろう。
なんか、狐というより猫みたいだったな………。
足音のしない朝の歩き方を思い出しながら歩を進めると、「トン」と千里にぶつかった。
どうやら立ち止まっている様だ。
話していいものか、分からなかったのでそのまま黙っていた。
そう言えばあの時は、ローブを引っ張られたんだよね………結局あのハーシェルさんのローブって、誰が持ってたんだろう?
でも、なんとなく赤かったからな…。
まさか、………いやいや、でも誰だとしても一体どうやって取り戻したんだろう?
うーん、でも本部長、色んな人の弱味とか握ってそうだな………。
私のぐるぐるを知ってか知らずか、何も言わないまま手を引かれる。
また、あの二人は通じ合ったのだろうか。
迷いなく歩き始めた千里の足取りを感じながら、そう思う。
テレパシーとか、使えるのかな??
しかしこの問題については考える事を放棄した私は、周りの景色を楽しみながらさっきの人の事を考えていた。
あの、緑色の瞳。
あの、視線は。
確実に、私と目が合ったと、思う。
何故だかラガシュを思い出した私。
初めは、年の頃が近いからだと思っていたけれど。
そう、よく考えれば。
あの、瞳………。
「目が、いいんですよ」と言っていたラガシュ。
何が、どこまでどう見えるのか。
具体的に、聞いた訳じゃない。
でも。
私の「本当の色」が見えた、彼。
多分、あれに似てるんだ………。
うん?
でも、それだとまずくない?
私の事が、「見えた」って、事だよね??
気の所為かな………。
いや、でも完全に「私を」見てたよね………?
分からないけど。
とりあえず、「見られた」と、思っていた方がいいだろう。
何事も、用心するに越したことはない。
て、いうか何処行くんだろ………。
あまりにも見るものが多過ぎて、お腹いっぱいになっていた私はもうほぼ正面真っ直ぐだけを見て、進んでいた。
それでも時折目に飛び込んでくる、一際豪華な扉や紋章のレリーフ、突然置いてある謎の箱や真っ暗で何も見えない窓。
まだまだ私を惑わす魅惑の品は尽きる事がなくて。
ちょ………。
「アレは見たい」と、千里の手をグッと引こうとしたその時、丁度ピタリと足が止まった。
ん?
まさか、私にこれを見せる為に立ち止まってくれたの?
え?
でもそこまで分かると、寧ろちょっと嫌なんですけど……?
そう思って振り返ると、何もない。
すっかり忘れていたが、そう言えば姿は見えないのだ。
顔を見て探ろうと意気込んでいた私は、拍子抜けしてそのまま空間を見つめていた。
しかし、再びグッと引かれた手はすぐそこにある扉へ向かっている様だ。
その、手前に鎮座していた煌びやかな箱に、気を取られていたけれど。
手を引かれた先にあるそれに、すぐに私の矛先は移ったのだ。
大きな扉。
深い茶色はその濃淡と木目の所為で、本物の木を削って造られている事が判る。
両開きの片方が既に大人三人分くらいの大きさだ。
こんなに大きな扉とは、一体どこへ繋がる扉なのだろうか。
あ、れ…?
調度品にばかり気を取られて、気が付いていなかったがなんだか辺りの様子が少し変わっている。
なんだろう………?
いや、「色」か。
臙脂色の密な絨毯、豪奢な硝子の青い灯り。
濃茶の重厚な腰壁、地紋が美しい紺色の壁紙。
目の前の扉が濃茶の木である事に違和感があったが、どうやら私を取り巻く「色」が、変わっていたのだ。
これまでは黒を基調にしていた、この廊下。
しかし今、私が立っているこの空間は「古き良き」という雰囲気を地で行く様子、どちらかと言えば私の世界の建物に近い気がする。
あまり、まじないの気配がしないからだろうか。
ただただ、精巧に作られた大きな扉と密な絨毯、落ち着く色の周りの壁。
感じられる雰囲気は、不思議というより年月の重さでしか、なくて。
自然と敬虔な気持ちになって、「ここ」がきっとこの世界の真ん中だろうと、思った。
自分の中に、ストンと落ちてきたのだ。
見えない手が、そのまま扉を押した。
大きな木が彫りで描かれているその扉を、私もそっと撫でる。
人一人分程度しか隙間のない、その空間へ私も続いて滑り込んだ。
キラリと玉虫が飛ぶのが見えたので大丈夫なのだろう。
ベイルートが、ここへ案内したのだろうか。
それとも千里が?
今はあの場所に住んでいると言っても、デヴァイの事を全く知らないとも思えない。
しかし、何しろこの場所は。
きっと、「祈り」の空間に違いないと私には確信があった。
ジワリと拡げた自分が感じる、この「在る」という雰囲気と実感、そして何よりここが、この場所の「中心」であること。
未だ全体に拡げてはいないが、ここがこの世界の真ん中なのは分かるのだ。
「真ん中にある特別な空間」と、言えば。
「まあ、祈りの場所に決まってるでしょうね…。」
「クイッ」と引かれた腕の感覚で、ハッと我に返った。
ヤバ…。
多分、声が出ていた。
しかし、廊下と同じく薄暗いその場所に人の気配は無い。
なんだ、びっくりしたぁ…大丈夫じゃん……。
そう、思ったのも束の間、私の口は大きな手で塞がれて。
そのまま壁際にズルズルと、連れて行かれたのである。
???
混乱中の私、しかし少し離れた場所で気配が動いて。
「何かがいる」事が分かったので大人しくしていた。
私の予想通り、ここは礼拝堂だろう。
随分と広いこの空間は、「部屋」というレベルを超えホールに近い。
いや、ホールと言うよりは。
ぶっちゃけ、もうここ「教会」だよね………。
これまでにこの世界で見た、どの祈りの場とも違う重厚な雰囲気。
グロッシュラーの旧い神殿は静謐な印象で、どちらかと言えば「縦長」のイメージだったけど。
なんと言うか、ここは「横長」なのだ。
天井はきっと、そう低くはない。
緩やかな曲線、真ん中が一番高くなっているであろうその天井には、窓の様なものが嵌められているのが微かに見える。
そう、何故だか光が降り注ぐフェアバンクスの空間と違って、こちらデヴァイ側は暗いのだ。
夜でもないのに基本的に薄暗いのは、あの自然な明かりが無いからだろう。
遠くに見えるランプの数々、無数に揺らめく橙の炎は幻想的ではあるけれど。
外からの光が無く、ランプだけの灯りではこの場所を観察するには、やはり少し不充分だ。
遠くに見える柱、その前に並ぶ沢山の長いベンチ。
そのベンチはやはり中央通路の左右に並んでいて、奥には祭壇であろう、台と正面にアーチが見える。
見た感じ、所謂「神様」の様なものは祀られていない。
ただ、あの先が尖った形のアーチが正面の壁に刻まれていて。
何かが「不在」な気がする、この広い空間に座すべきものは何なのだろうか。
「神の一族」の、神とは。
崇める、「もの」とは。
静かだ。
「何か」がいる、「誰か」なのかそれは分からないが、拡げた自分が「害はない」事を感じている。
「大丈夫」そう思った私は、そのまま思考の海に浸かっていた。
多分、この場所が気持ちがいいのはきっと祈りの空間だからだろう。
歴史あるもの特有の雰囲気、重いが心地の良い重さの「それ」は私の大好物だ。
あのオルガンの部屋を思い出したが、あそことは全く「色」が違うこの雰囲気はどう表現したらいいだろうか。
まあ、あちらが「白灰」ならば。
こちらは、「濃茶」といったところか。
いやでもただの濃茶というよりは檜皮葺か煤竹色に近いんだよな………なんて言うんだろうか、歴史ある故の深みというかなんというか。
うーん。
それに。
グロッシュラーに着いたばかりの時に、あの旧い神殿で感じた、違和感。
ここには、「それ」は無い。
しかし、逆に言えば。
「何も、ない」んだよねぇ………。
「ピクリ」と掴まれた腕に力が入り、現実へ引き戻される。
ああ、あれが動いたのね…。
大丈夫だよ、多分。
自分を拡げている私は、その動いたものが「人」である事、「危険ではない」事が分かっていた。
多分、触れている千里にも伝わっていると思うのだけど…?
しかし、警戒しないという訳にはいかないのだろう。
きっと無意識にそうしているに違いない。
前方の端、私達から一番遠い場所にいたらしいその人は、静かにこの部屋から出て行った。
拡げた自分の中を再確認して、誰もいない事が判る。
うん?
未だ口に当てられている、大きな手に気が付いてくるりと振り向くと。
何かを吟味する様な紫の瞳がそこにあって、少し驚いたのだ。
まさか、姿を現しているとは。
思って、いなかったから。
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