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8の扉 デヴァイ
フワフワとした、現実
しおりを挟むこの人は一体、何を見ているのだろうか。
ただ真っ直ぐに、私を見ている千里。
その不思議な紫色は、監視者の様でもあり、守護者の様でも、あり。
しかし何かを探している様なその瞳に、思わず問い掛けた。
「何が、知りたいの?私のこと?」
少し驚いた色になった瞳は、細められ少し緩む。
「いいや。いいんだ、こういう目だから。」
どういう、目?
そう思ったけれど、そもそも千里の正体すら判っていないのだ。
すぐにこの問題の追求を諦めた私は、辺りの様子を見渡し始めた。
千里を観察するよりも。
こっちの方が、断然収穫は多い筈なのだ。
フフッ、それにもう誰も、居ないしね?
こんなパラダイス、見ないわけにはいかないでしょ!
千里の手を離れ、ベイルートを探す。
祭壇の上を光るものが飛んで、それを見て安心した私も遠慮なく行く事にした。
ベイルートも、初めてなのだろうか。
張り切って、飛んでいるみたいだけど。
入り口付近まで戻って、正面から攻めることにした。
先ずは全体把握からだ。
しかし、すぐに思い直して踵を返す。
左右のベンチの間を通って、正面扉へ向かった。
そう、私達が入って来た扉は丁度祭壇と礼拝ベンチの間に出る、扉で。
きっと今、私が向かっている扉が本来の入り口なのだろう。
中央通路の正面に、これまた大きな扉があるのだ。
これ開けたら流石に怒られるよね………。
しかし流石正面扉、さっきの扉よりも大きいそれは、私一人で開閉できる自信が無い。
見るだけで諦める事にしてその彫刻をさらりと堪能すると、振り返って正面に立った。
その、扉だけでも。
ずっとここにいれる自信が、あったからだ。
まさか扉だけ見て連れて帰られたら泣くよ………。
これはサラッとだけにして、他も見てみないとね?
さてさて…。では、行きますかね。
でも、ちょっと暗いな………?
そう思った瞬間、パッと炎が増すランプ。
先刻より明るい空間になったそこには、くるくると火の玉の様な灯りも舞い始めた。
「えっ?」
しかし、よく見ると。
どうやらそれは、私の蝶が舞い出て光っているらしい。
「なにそれ。万能。」
仄暗い聖堂に灯るランプの灯りと、舞う私の蝶達。
「よく見える」と迄はいかないが、充分だろう。
きっと見たいものの近くに行けば、蝶達が照らしてくれる筈だ。
それが分かって、自然と口の端が上がる。
そうして手を伸ばし蝶達を褒めちぎると、少しずつ歩を進め確認して行く事にした。
それにしても。
落ち着く木の温もり、古いもの特有の深い色合い。
よく見えないが、きっと天井のアーチも木で造られているに違いない。
時折上まで行く蝶達が、その美しい曲線を照らし深い茶色が見える。
一番高い場所には、廊下で見たものと似た真っ黒な窓があって。
闇なのか、夜空なのか判らない。
星の一つも、見えない黒があるだけだ。
目線を下すと、幾重にも重なるアーチの彫刻が正面に見える。
所謂、私が知っている教会ならば十字架や像などがありそうな場所には、何かを飾れそうなそのアーチだけがあって。
しかしその場所は「空いている」様にも見えるし、「それでいい」様にも見える。
さっきも感じたけれど。
この場所に「不在感」は無くて、ここはこれで完結しているのだ。
正面の通路は深い赤の道で、両脇には優に十人は座れそうなベンチが並んでいる。
それがずらりと連なり、規則正しく祭壇までの道は続いている。
数えるのも面倒だが、ここデヴァイの人全員がここへ入れるのだろうか。
離れた場所の柱の奥にもベンチがあるのが見え、やはりとても大きな礼拝堂だという事が分かる。
赤の絨毯をサクサクと進むと、ベンチの座面が違う事が分かった。
青、赤、黄色まで行った時「ああ、家の色なんだ」と気が付く。
座る場所が決まっているのだろう。
「身分」がどうとか、煩い連中の考えそうな事だ。
だとすれば。
さっきの人は、向こうの端から出て来たよね?
確かめようと前方へ歩いてゆく。
私達が入ってきた扉から、一番近い場所は鈍い銀灰色の生地が掛かっている。
その反対側は、順当に行けば白の筈だ。
でも、ここは礼拝堂で。
「白の人」が祈りに来ていたとしても、何の不思議も無いんだけれど。
確かめながら歩いているうちに、祭壇に着く。
丁度人がその後ろに立って演説でもしそうな、祭壇というか何かの台の様なもの。
これにも素晴らしい彫刻が施されていて、思わず蹲み込んだ。
「………葡萄?」
さっきの大きな扉や正面扉には、「樹」が描かれていたけど。
やはりここでも蔦や葡萄、木の実など自然を連想させる意匠が施されている。
「やっぱり、あったのかなぁ………。」
立ち上がり数段の段差を上がると、まだ触れるのは躊躇われてただ、近くで見ていた。
いつからここにあるのか分からない、古い、もの。
私が触れていいのかも。
分からない。
ただ、綺麗に手入れをされているのは判るから、触れられていないものではないのだろうけど。
なんとなく、今日は見るだけの方がいいと思って裏側もぐるりと周る。
多分、教卓の様な形なのだと思っていた私はそこには空洞があるか、引き出しがあるかくらいだと思って、いた。
「………。」
一歩、後ろに下がって再びその空間を見つめてみた。
何これ。
絶対、なんかヤバいやつ。
「危険」という意味では無い。
いや、「何か分からない」という点では危ないのか。
そこには不思議な空間が存在していた。
在るのは「モヤモヤした黒」。
「なに、これ………。」
嫌な感じは、無い。
でも…。
絶対、「手を入れちゃダメ」系だと思うんだよね………。
じっと見つめてみるが、なにやらモヨモヨと動くその空間は、向こう側が歪んでいる様にしか、見えない。
一歩近づいて、蹲んでみるけれど。
「うーーーん?見え、ない?」
しかし確かにそこに在る「黒い靄」。
気になって、暫く見ていた。
うん、モヤモヤばっかり見てても、しょうがないか…。
それよりも、アンティークやこの礼拝堂の造りの方が楽しい。
早々に靄に見切りをつけて立ち上がり、辺りを見渡すといきなり背後に紫の瞳があった。
「う、わっ!」
よろめいた私を支えつつ、あの靄を見ている千里。
その不思議な紫の瞳では、何かが見えるのだろうか。
訊いても教えてくれなそうだけど。
しかし千里は「触るなよ?」と一言だけ言うと、手を離し私を解放した。
う、ん………?
逆に気になるな…。
私が見る限りは、悪いものには見えない。
しかしやはり、忠告通りよく分からないものには触れない方がいいだろう。
祭壇の前で腕組みのまま、唸っていると肩に玉虫色がキラリと光った。
「そろそろ行くか。」
「うん?そうですか?もう?」
「まぁな。ウイントフークが帰ってくる前に戻った方がいいだろう。まあ、報告はしといた方がいいとは思うけどな。」
「うっ。」
そう言えばあの人に見つかった疑惑があるんだった…。
今更ながら、よくよく思い出してみると彼はローブを身に付けていなかった。
どこの家かも分からないのだ。
分かっているのは髪の色と、瞳の色、年の頃だけ。
後は………「目がいい」、というハッキリしない点をどう伝えるか。
「………むぅん。」
大きな手に再び引かれながら、見えなくなった背中を目を細めて、見てみる。
いや、無理か………。
うん?
ラギシーって、一度戻したらまた勝手に消えれるんだっけ??
さっき迄姿を現していた千里は、もう見えない。
私は、腕輪を出していないし。
………うーーん?
また?
また、謎なの?
千里の事、ベイルートと千里のテレパシーの件、ウイントフークへの言い訳…。
ぐるぐるしながら手を引かれていて、帰り道は覚えていない。
少しずつ青くなってきた通路に「?!」と気が付いたのは、フェアバンクスの範囲に入って暫くしてからだ。
「ええ?!勿体無い………。」
いつの間にか解けていたラギシー、呆れた目の千里がこちらを見ているけれど。
あああ………。
多分、違う道で帰って来たのに………。
もしこれで「暫く外出禁止!」とか言われたら、どうしよう………。
ガックリと項垂れた、私を構わず引っ張って行く大きな手。
「ま、どうせ行く事になる。」
私の事をよく分かっているベイルートは、そう言ってくれるけれど。
耳元の慰めを聞きながら、せめて通路だけでも見ようと顔を上げる。
そうして明るい青へ向かって、ズリズリと進んで行ったのだ。
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