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第三話 ヒロインのいない物語

02-2.答えのない物語を歩む

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「その顔を見る限りでは納得はされていないのでしょう。六年前のように単独で飛び出すような真似をされてはなりません。貴女様の命が失われるような事態は何があっても避けなくてはなりません」

「セバスチャン。わかっていると言っているだろう」

「いいえ。わかっていないでしょう。現地に向かう準備をしながらおっしゃられても、説得力はございませんよ」

 それはそうだ。

 文句を言うセバスチャンに視線を向けながら、私は遠慮なく歩き出す。

「イザベラ様!!」

 言葉では私の歩みを阻止しようとしても、強引な制止はできない。

 それを知っているからこその行動だ。

「公爵家の血を継がれているのは貴女様だけなのです。間違いが起きては遅いのですよ!? せめて騎士団の到着を待つべきです!!」

 アリアが母の血を継いでいれば、話は違っただろう。
 スプリングフィールド公爵家の本家の血筋を継いでいるのは私しかいない。

「安心しろ、簡単に命を捨てるような真似はしないよ、セバスチャン」

 セバスチャンの必死な顔を見ていれば分かる。

 本来、領主を兼任している公爵というのは魔物の襲撃に遭っている現地へ行かないものなのだ。

「領民の安全を確保するだけだ。状況によってはクリーマ町を閉鎖しなくてはならないが、これ以上、犠牲者が出るよりは良いだろう」

 領民が犠牲になろうとも、貴族は犠牲になってはいけない。
 それは皇国を守る為に存在する貴族は、市民を守る為の存在では無いからだ。

「私は私のやり方で領民を守ると決めたのだよ」

 領民から多大な税を搾取する領主がいるのと同じだ。

 市民は貴族を支える為の存在だ。だからこそ、領民を大切に扱っている者は少ない。貴族間では変わり者として見られるのは仕方がない。

「現状では私が出向くことが最善策だ。それだけの話だ。セバスチャン、公爵家の執事ならそれを受け入れ、理解しろ」

 それでも、私はスプリングフィールド領の領民を見捨てる事はしたくはない。

「馬車を用意しろ。クリーマ町に向かう」

「イザベラ様がどのようなお考えであろうとも、公爵であられる貴女様は現地に向かってはなりません! お願いいたします、イザベラ様。どうか耐えて下さいませ!」

「その理屈は理解している。だが、この状況でそれを貫き通す必要性は何だ? 私が出向けば多少なりとも被害を食い止める事が出来る。その力はあるのだ。それなのにも関わらず安全な場所から見ていろというのは、私には出来ない話だ」

 セバスチャンを説得する必要はないだろう。

 私の心配をしている彼にも心配をかけたくは無かったのだが、状況が悪くなりつつあるのだ。

 力が無いのならば仕方が無いが、私には力がある。
 全てを解決する事は難しくとも、少しでもその命を救い出すことが出来るのならば、それでいい。

「そのような真似をして貴女様が死んでしまっては何もかも遅いのですよ!」

 その言葉に足が止まる。
 前世で参戦を決めた時もセバスチャンは私を止めようとしていた。

 幼い頃から専属執事として仕事を与えられているとはいえ、彼がそれほどに必死に止めようとしたのはあの時が初めてだった。あの時は皇帝陛下がご決断をされた事だからとその言葉を聞かない事にしたのだったか。

「クリーマ町は小さな町です。領内ではもっとも生産価値の低い辺境の土地です。公爵である貴女様が出向く必要はありません。騎士団の到着を待ちましょう。貴女様が犠牲になる可能性はなによりも排除すべき事なのだと何度も申し上げているでしょう!」

「セバスチャン、どのような時も冷静にいるべきなのではなかったか?」

「ええ、そうですとも。今の貴女様は冷静とは思えません。だからこそ、私は止めるのです」

「冷静だとは思えないのはセバスチャンの言動だよ」

 騎士団の到着を待っていれば、クリーマ町は壊滅するだろう。

「なにもしないまま、領民を見殺しにはできない」

 公爵として危険な場所に出向くべきではないかもしれない。
 多くの貴族たちは自分自身の安全を何よりも優先するだろう。

 平民が命を落としても何も思わない者もいても可笑しくはない。

「公爵として私が選んだことだ。口を慎め」

 幼い頃から怪物だと言われ続けた。

 領民の多くは私から目を反らす。必死になって頭を下げて、身体を丸くして、視界から外れようとする領民の姿を数えきれないほどに見てきた。

 私は、領民から好かれてはいない。
 それでも、公爵が領民を見殺しにしていい理由にはならない。

「私は怪物と呼ばれることを受け入れたと言っただろう?」

 公爵邸は騒がしい。
 廊下を行き来する使用人たちは早足で移動を始めていた。

「たかが、異国由来の表現で済むのならば、拒絶をする必要はない。怪物だろうが、化け物だろうが、私の領民たちが守れるのならばなんだっていいさ」

 私の行動を目にした使用人たちは一早く動向を察したのだろう。

 そして、セバスチャン以外は私の行動を遮ろうとする者はいない。

「この力で領民を守れるのならば、それを使わない理由はない」

 他の方法もあるだろう。

 それを考えている間にも領民は傷つき、命を脅かされている。安全な場所で考え出された理想論だけでは救われない者もいるだろう。

 今はそれを考える時間すらももったいない。

「安心しろ。私が死した時は、分家のアドルフ・エインズワース侯爵令息を養子にするようにとロイに命じてある。公爵代理人には祖父を指名してある。だから何も心配する必要はない。そのような事態になったとしても公爵家は何も変わらない」

 公爵として相応しくないと言われても仕方が無い。
 所詮は貴族のお遊びだと笑う者もいるだろう。

 それでも、私は領民を見捨てるような領主にはなりたくはない。

「文句があるのならば、お前は公爵邸に残れ」

「イザベラ様を見送るわけにはいきません」

「それならば、文句を言うな。口ばかりを動かしても、クリーマ町から魔物はいなくならないぞ?」

「文句ではありません。これは執事としての提案です」

 その末で死ぬような無様な結末を迎えるような事はあってはならない。

 それも理解をしているからこそ、何かがあっても良いように私の代わりは用意してある。

「なによりも優先されるべきは公爵家の血筋を持たれる尊い方々です。イザベラ様。貴女を守る為ならば、多少の犠牲は致し方ないのではないでしょうか」

「いいや、救える手を拒んでも守るべきではないな」

「その考えを改めてくださいませ。何よりも優先するべきは公爵であられる貴女様です」

「私の代わりは用意をしてあると言っただろう?」

 前世では戦争で命を落としたのだ。
 また志半ばで命を失ってもおかしくはない。

 そのよう場合に陥っても公爵家が困らないようにしなくてはならない。

 自ら命を投げ出すよう真似はしない。しかし、命を落とすことになっても構わない準備はしてある。なにがあるかわからないのだから当然だろう。

「イザベラ様、私が言っているのはそのような事ではありません。御自身が命を落とされる前提の話を聞きたいわけではありません」

「それも知っている。それ以上は話すのを止めろ、セバスチャン。私は民を見捨てる領主には成りたくないのだよ。それにな、私は弱くはない。簡単には命を落とすような真似はしないよ」

 準備が整っていた馬車に乗り込む。

 文句を言っていたセバスチャンを拒否するように扉を閉めさせたが、なんだかんだ言いながらもついてくるのだろう。
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