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第三話 ヒロインのいない物語

02-1.答えのない物語を歩む

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 月日が流れるのは早いもので暦は五月に入った。

 これから来る雨季に備えて様々な対策を取らなくてはならない重要な時期だ。季節の変わり目だからだろうか。

 この時期は魔物が出現する事が多い時期でもあった。

 雨期に入る前に取らなくてはならない様々な対策の一つには、魔物による農作物や人的被害への対策だ。

 領内に関して言えば、クリーマ町が該当する。

 例年、この時期になるとスプリングフィールド公爵領が多忙になる事を理解しているのだろう。意味のない対談や会合の申し込みは急激に収まった。


「イザベラ様。クリーマ町にて魔物が出没したとの報告が上がっております」

 それは毎年の事ではある。
 しかし、今年は異常な件数が報告されていた。

 四月の終りから今日までの一週間、クリーマ町からの魔物の出現に関する報告や救助依頼は止まらない。元々領内でも魔物の被害を受ける事の多い地域ではあるのだが、このような事は今までなかった。

 既にフォスキーヤ冒険者組合からは選りすぐりの冒険者が派遣されている。

 それなのにもかかわらず、魔物が現れ続けている。討伐隊を派遣しても、魔物の襲撃が止む事は無い。

 過去の資料を遡ってもそのような事は無かった。

 クリーマ町に対して悪意を持つ者によって魔物が召喚され続けているのではないか。そのような現実的ではない事すら頭が過る。

 クリーマ町は国境線近くにある農業を中心に成り立っている小さな町だ。
 父上は魔物の被害を受けるだけで利益の無い町だと切り捨てていた。

 そのような田舎の小さな町に対して悪意の籠った魔法、所謂、呪術と呼ばれる禁忌に手を出す人はいないだろう。どう考えても禁忌を冒してまで手に入れたいと思わせるものはないのだ。

 他国の重要人物が密入国をした可能性も探ったものの、それも無駄に終わった。

 手がかりはなにも掴めなかった。
 被害ばかりが増えていくだけである。

「魔物出没に関する五十六件目の報告書でございます。いかがなさいましょう」

「フォスキーヤ冒険者組合はなんと言っている」

「二日前、これ以上の派遣は不可能だと返答を頂いております。再度、依頼を致しますか?」

「……いや、しなくていい」

 ロイの運んで来た報告書を見れば、増えていく死傷者の数と確認されている魔物の種類、数が書かれている。毎回、増えていくのは嫌がらせだろうか。

 数多くの種類が存在しているとはいえ、魔物には知能と理性は無いと言われている。
 知能や理性をもっているのは魔族だけだ。
 
 そして彼らは彼らの国を作り上げ、表向きには平和に暮らしている。

 しかし、魔物は本能のままに他種族を襲う。
 本能のままに破壊を続ける。

 歴史を遡れば、魔物との意思疎通を図ろうとした魔法使いや魔女もいたものの、それは全て失敗に終わっていると言われている。そのような経緯もあり、魔物には知能も理性も存在しないと言われているのだ。

「依頼要請をしたところで無理だろう」

 屋敷内にいる魔法使いや魔女は応援に出している。

 一昨日には討伐に成功したと報告が上がったものの、すぐに同じ数の魔物の襲撃に遭ったと報告があった。その際は現場を任せているルーシーの賢明な判断により、撤退をしたと報告があったが、その後も増え続けているのだろう。

「異常事態の対応は公爵家で引き継ぐと伝えろ」

「かしこまりました」

 何故、このような事態に陥ったのか。

 魔物討伐とは別の部隊を編成し、原因調査を命じているが、そちらも良い報告はない。

 まるでクリーマ町に引き寄せられているかのように魔物が増えていくのは確認されたものの、その原因が分からなくては防ぎようもない。

 不幸中の幸いと言うべきか、クリーマ町以外では魔物は出没していない。念の為、周辺の町を偵察させたが、意味が無かった。

 他の町では一匹も現れていないのだ。

 クリーマ町には魔物を引き寄せるなにかが存在している。もしくは、何者かそのなにかを手に入れる為に魔物を召喚し続けていると考えるべきだろう。

 これ以上、被害を増やす前になんとしてでも原因を突き止めなければならない。

「騎士団の派遣要請への返答はどうだった?」

 正直な話をすると、騎士団には期待が出来ない。
 対人ならば凄腕の騎士や魔法使い、魔女がいる。

 第一騎士団の団長なんて対人戦闘においては敵無しだろう。皇国が誇る騎士団は負け知らずの組織だ。

 しかし、それは魔物が相手となれば話は変わってくる。

 元々、皇国内では魔物の襲撃による被害は少ない。

 それは皇国の隣国には、魔物討伐により生計を立てている者が多いといわれている帝国があるからだろう。

 どのように発生しているのか謎に包まれている様々な種族の魔物が、皇国にまで流れ込んでくる事は少ないのだ。古くから囁かれて居る噂には、意思を持たない魔物は帝国が生み出した生物兵器の失敗作だというものがあるが、その信憑性も無いのに等しい。

 そのような理由から騎士団は魔物討伐を行わない。
 緊急時以外では王都を離れないのもその理由の一つだろう。

「残念ながら、現時点では返答がございません」

「そうか。やはり期待できそうにはないな……」

「再度、要請をかけましょうか」

「……いや、そのままで構わない。動かないだろうとわかっていたことだ。最初から頼りにはしていないさ」

 なにかと理由を付けて断られるだろうとは思っていた。

 返答を待っている時間がもったいない。その間にも、魔物は増え続けているのだ。

 何らかの対処方法を見つけ出さなくてはいけない。

「現地に行くしかなさそうだな」

 このままでは被害者は増えていくだろう。

 復興事業を進めていたクリーマ町の壊滅的な被害は想像したくもない。冒険者組合も騎士団も期待出来なくとも、討伐を成功しなくてはならない。

「緊急性の低い仕事は後回しにするように伝えろ」

 人手が足りないのならば私も出向くべきだろう。
 状況によっては、クリーマ町を閉鎖し、魔物ごと町を凍らせるしかない。

「かしこまりました。……イザベラ様、追加の連絡がございます。現地で指揮を執っている私営騎士団からの連絡では、町を離れることを選んだ領民たちの避難先としてフォスキーヤ町が名乗りを上げたようです」

「わかった。手続きを進めように伝えろ」

「かしこまりました」

 ようやく住民の避難先を確保できた。

「イザベラ様。スプリングフィールド公爵である貴女様が現地に行くような真似はしてはなりません。安全な場所からのご指示をお願い致します」

 書類を片付けると不満を隠し切れない声がした。
 セバスチャンは状況を理解しているのだろうか。

「何度も言われなくても分かっている」

 セバスチャンだって、その言葉に従うわけにはいかないのも、わかっているのだろう。

 意味のないやり取りは時間の無駄だ。
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