婚約者達は悪役ですか!?

夏目

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後悔して!

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 幼い頃に、ジュディはカインとアベルに出会った。
 藍色のお揃いの子供服を着た二人は、二対の人形のようにそっくりだった。
 両親でさえ、どちらがカインで、どちらがアベルか、見分けられなかった。
 二人は意図的に声の調子や仕草をお互いに統一していた。
 子供の悪戯だと大人達は言っていたが違う。
 彼らは見分けるかどうかで人間を判断していたのだ。
 ジュディは最初、二人を見分けることが出来なかった。
 どちらも同じ人間に見えたし、わかったと思ってもすぐに違うと思い直した。
 だから、根気強く、決して同じにならないところを探していった。
 笑い方の微妙な違い。怒った時の目の吊り上がりの角度。泣いている時の言葉尻の強弱。
 そういうものを一つ一つ積み上げていって、ジュディは双子の判別が出来るようになっていった。
 けれど、安定して見分けられるようになった頃から、二人はそっくりにすることはやめて、他人が見ても見分けられるようにした。
 せっかく見分けられるようになったのにとジュディは憤慨した。
 だが、間違われるたびに苦しそうに眉を顰める二人のことを知っているだけに余計なことは言えなかった。
 ジュディはいずれ、二人のうちのどちらかと結婚して子供を産む。
 すると残った方は他の女性を探すことになる。
 もし、その人が見分けられない場合、二人はどんな反応をするのだろう。
 ジュディは出来るならば、自分達を否定されたとばかりに苦しそうにする二人をもう見たくなかった。
 だが、双子が変わったように、ジュディも変わる。
 今のジュディにとって二人の苦しそうな顔は、マリアナとの邂逅と比べると些細なことだった。


 マリアナとのお茶会はいつも王都のお店で行われる。
 普通は自宅で開くものだが、マリアナは自分の家が子爵であることにコンプレックスを抱いていて、屋敷に呼びたがらない。
 無理に自宅に招いてもらうのもどうかと思い、ジュディはいつも二つ返事を返す。
 ジュディはいつも服に気を使う。マリアナはお洒落だからだ。
 少しでも並んで歩ける自分になりたい。
 だから、いつも頭を悩ませて服を選ぶ。
 マリアナはそんなジュディの努力を知ってか、よく服装を褒めてくれる。
 それがなによりも嬉しくて次もまた頑張って選ぼうと思うのだ。
 今日のジュディは青空色のドレスを着た。裾と袖にフリルがついているものだ。靴は脹脛を覆うブーツで、編み込み式だ。それに水色のボンネットを被っている。
 少しでも可愛いと思って欲しい。胸は甘酸っぱい感情でいっぱいだった。


「マリアナ!」
「ジュディ、来て下さったのね」

 当たり前だと抱き着くと、マリアナはにっこりと慈悲深い笑みを浮かべて抱き着き返した。
 温かな抱擁。これが友達というもののはずだ。
 ジュディは離れて、マリアナの美しい相貌にうっとりと感嘆を漏らす。
 甘栗色の美しく長い髪を優雅に下ろして、麦わら帽子を被っている。
 瞳は透明度の高い海のような薄いブルーだ。顔の強弱は強くないが、全体的にバランスが取れていて可愛らしい印象を与えている。
 透き通るような美しさだが、性格は芯が強く勝気だ。
 ジュディはそういうマリアナの性格も好んでいた。

「それで、二人はどうしているの?」

 席へ手を引きながら、マリアナは尋ねた。
 その顔は好奇心を隠そうともしていない。

「それがね、ちっとも反省していないようなの。昨日だって、贈り物を寄越したのよ。宝石ばかりよ。卒倒しそうになったわ」
  
 二人には反省の色が全く見られなかった。
 ジュディはそのことに憤ったが、それを聞いていたマリアナはごくりと唾をのみこみ、卑しく笑った。

「ねえ、どんな宝石だったの?」
「え? お母様が持っていそうなものばかりよ。ルビーやサファイア、あとダイアモンド」
「へえ」

 値踏みするようにマリアナはジュディをじろじろと見つめた。身の置き場かなくなり、ジュディは慌てた。
 マリアナは会うとたまにこうやってジュディを品定めするように見つめてくる。
 不躾な視線だ。
 だが、ジュディにとってマリアナははじめての友達だ。
 不用意な言葉で友達を失うことが怖かったし、友達というのはお互いに自分に釣り合う存在かどうかを検討して付き合っていくものなのかもしれないと思ったのだ。

「ジュディったらいつもそうやってアベル様とカイン様から物を貰っていたの?」
「ええ。二人は贈るのが趣味なのよ」

 正直二人からの贈り物は目玉が飛び出るほど高いものばかりで、尻込みしてしまう。
 ほとんどが宝石のように封印されるか、双子へ返品される。
 都市部に近い地方領主ならば、ジェントリ階級の人間達もたくさんいるだろう。
 夜会はシーズンになれば連日行われるだろうのだろうが、ジュディ家の領地は豪農達に支配されている。
 彼らは小作人を大量に雇い、畑を耕している経営者としての側面を持つ一方で、農地を効率的に開墾する方法を模索する学者のような勤勉さも持ち合わせている。
 そのくせ酒が大好きで一日中酔っ払っていることもままある。
 そうなると、酒飲み大会は開かれても貴族らしい夜会など稀だ。高貴さとは無縁になっていく。
 身を着飾る宝石よりも質のいい酒を与えた方が評判も評価も上がるのだ。だから、ジュディはファッションに疎かった。それを見兼ねて、双子は送ってくれるのだろう。

「贈り物ねえ。でも、ジュディ、この間話した通り、彼らは悪党よ。騙されちゃ駄目!」
「分かっているわ! 二人が改心するまで会わないって言ったでしょう?」
「ならいいの。でも、ジュディ。二人は奸計が得意なのよ。十分注意しなくっちゃ」

 二人は没落も結婚も操っている貴族界の悪人だ。
 誑かされないようにと忠告してくれるマリアナに胸が熱くなる。
 マリアナは優しくて可愛くて理想の友人だ。

「そうだ、ジュディ。今度オペラがあるのよ。主演はあのガイ様! 一緒に観にいきましょうよ」
「え? ええ。行きましょう」

 どぎまぎとジュディは緊張した。オペラに行くのはいいのだ。
 ただ、共にオペラ座まで行く同伴者がいない。
 普通、貴族の女性が一人で歩くことはほとんどない。
 観劇や夜会への参加は、ほとんどが同伴者と共に行くのだ。そしてその同伴者は通例的に男性だと決まっている。特に王都の場合はその通例は絶対的だった。
 いつもならば双子の片方に頼んでいた。彼らはジュディの婚約者だし、出歩くの好きなので都合が良かった。
 だが、それは今回不可能だ。
 ジュディには兄がいるが、小さい頃に養子に出され、頼み込めるような交流がない。父親は王宮につめていて王都に来てからろくに顔も合わせていなかった。
 乳母を連れて来る訳にもいかない。とはいえそこらへんの男では変な噂を立てられかねない。

「嬉しいわ、絶対よ」
「勿論よ」

 マリアナは目を煌めかせている。
 そんな彼女に同伴者はどうすればいいかなど相談できなかった。
 ……どうにかするしかない。ジュディはそう決意してマリアナと別れた。



「それで俺ですか?」

 カドックが困惑した声を出した。

「そうよ! お前は一応貴族の位もあるのでしょう?」
「はあ。金で買ったものですけど」

 カドックはルクセンブルク・ローズマリア領の豪農の三男坊だ。
 ローズマリア領の中でも一二を争う規模の農地を持ち、莫大な資金を得ている。
 ローズマリア領では商家よりも農家の力が強い。農民達は効率的な農地の開発を計画する上で多岐にわたる勉学を勤勉に学び、流通に関する知識も得ている。商人達に騙され安値で買い叩かれることもない。

 特にカドックの実家は膨大な資金力を武器に王族との太いパイプをつくり、この間領土を侵略した蛮族を撃退した功労に報いるという形で子爵の地位を授けられるに至った。
 王族は度重なる他国への出兵で資金難に陥っており、王都には王族達を手玉にとる阿漕な金貸しも多い。
 王族への無償の寄付という形で金を送りつけた農民が貴族になった。それを皮切りに、他の領土の成金達も王族に多額の寄付をして、位を貰おうと画策している。
もっとも、カドックには貴族である自覚はないようで、らしい振る舞いなど微塵も見せない。

「金で買おうが位は位よ! 使わなくてどうするの!」
「社交界では嘲笑の的ですけどね」

 うっとジュディは言葉を詰まらせた。
 たしかに豪農が金で貴族の位を買ったことを納得していない貴族は多い。
 薄汚い農民めと嘲弄されるのはきついと、カドックの兄が昨年社交界に顔を出したあとにこぼしていた。酷い中傷にあったのだろう。
 その証拠に今年は一族の誰もなにかと理由をつけて社交界に出る予定はないようだった。

「そ、それは……そうなのだけど。私を助けると思って、お願いよ」
「……カイン様かアベル様にいつも通り頼めばいいじゃないすか。そっちの方が上手くまとまりますよ」
「あの二人とは決別したの!」
「はあ。決別ですか」

 ぐっと拳を握りしめた。

「ええ、もう会ったりしないんだから!」
「それは困りますね、ジュディ」

 ひえっと跳ねた肩を笑いながらカインがジュディの自室に入り込んできた。

「カドック、久しぶりですね。相変わらず、お前とジュディは仲が良さそうで、良いことですね」

 言葉の割には険のある口調だった。

「げ、カイン様。こんにちは。どうやって入ってきたんすか?」
「正面玄関からに決まっているじゃないですか」
「決まってないわよ! さっさと回れ右をして帰って!」

 眉を吊り上げ憤るジュディを見て、カインは肩を竦ませた。

「そう邪険されると悲しいです。ジュディの顔を見に来たのに」
「私の言葉、全然胸に響いてないようね! どうせ、右から左に聞き流していたんだわ!」
「まさか。ジュディの言葉は一言一句聞き逃したりしませんよ」
「聞き逃していなかったら、どうして来るのよ!?」

 信じられない気持ちでいっぱいだった。
 謝罪をするにも、まずは手紙で都合伺いをすべきだ。ジュディの憤りをきちんと理解しているようには思えない。

「そんなことより、カドックをオペラ座に連れていくとは本当ですか?」
「いつから聞いていたの!?」

 随分と前から立ち聞きしていたのだろうか。ジュディの屋敷の住人達は侵入者になにも言わなかったのか! 相変わらず暢気すぎる。
 二人が来たらきちんと追い出すように言っていたのに、全く追い払えていない。

「少し前からですよ。ジュディ、こういってはなんですが、カドックは貴族とは名ばかりな農民です。一緒にいては格が落ちる。爵位に泥を塗りつけた一族なのですから、貴族受けは悪いですし」

 頭の中が怒りで真っ白になった。
 確かにカドックの一族は農民だ。爵位を金で買ったので周りから蔑まれている。それは否定しない。
 だが、だからといってカドックと隣を歩くことが恥のような物言いは我慢できない。
 カドックは、抜けているし緊張感がかけているが、ジュディにとって大切な家族のような存在だ。

「信じられない! もう出て行って!」

 怒気を放った声で言い放つと、流石のカインも困惑した。

「どうしたんですか、ジュディ。俺は事実を言っただけですが」
「私は、カドックのことが好きだし、農民なんだと言って差別したりしない!」
「ぎゃっ。まじでそういう巻き込み事故すんのやめて下さいよ!」

 ぶるぶるとカドックが震え始めた。
 どうしたのだろうと目を遣ったジュディに暗い声が落ちる。

「カドックが好き?」
「な、なによ?」

 振り返ると、カインは手で顔を覆い隠していた。
 変な汗が背中を伝った。
 余計なことを口にしてしまったような恐ろしい沈黙のあと、堰を切ったようにカインが言葉の弾丸を垂れ流した。

「くそ女の洗脳から助けてあげようと思った俺の心をずたずたにして何が楽しいんですか? その男が好きだなんて正気の沙汰じゃない。洗脳のせいでおかしくなっているのか? かわいそうに。ジュディは頭が残念な出来だから心配していたんです」
「ななな、なに!? というかよくわからないけど悪口を言われた気がする!」

 洗脳という物騒な単語はこの際無視だ。無視してはいけないような気はする。だが、ジュディに処理しきれる問題ではないのだと思って頭から振り払った。
 カインは頭をあげてぞくっと悪寒が走るほど淫らでにこやかな笑みを浮かべている。

「大丈夫。俺が死ぬまで面倒見ます。さて、ジュディ。ところで、俺の屋敷にいつ来れますか?」
「何を言っているの?! 行かないわよ?!」
「アベルと共同で持っているものではなく、俺専用の屋敷にご招待させて下さい。一年ほど滞在すればすっかり洗脳も解けています」
「ひ、ひぃ!」

 やはり無視してはいけなかったのだ。
 理解不能だが、カインは本気でジュディが洗脳されたと思っているらしかった。
 ジュディは慌ててカドックの後ろに隠れた。
「勘弁して下さい」と泣きそうな声を出すカドックの後ろから顔を出す。

「ジュディ?」

 カインは笑っている。だが、怒っていた。その証拠に拳が握り締められ、遠目で見ても怒りを抑えているのが分かった。

「お嬢、俺このままだと死にます。機嫌を取って下さいよ!」
「機嫌って、私は何も悪いことしてない!」
「そんな子供みたいなこと言わないで下さいよ! 折り合いをつけて下さい、お嬢ももう大人でしょ!?」

 ギャアギャアと言い合っているうちに隙を取られ、カドックに押し出される。たたらを踏んだジュディは、地面につく前にカインによって抱きかかえられた。

「カドックの乱暴者!」
「うわ、すんませんお嬢。怪我ないですか!?」
「ないけど裏切られて心が痛いわよ!」
「ジュディ、俺へのありがとうは?」

 すっと青い綺麗な目がジュディを覗き込んでくる。
 ここでありがとうと言っていいものか。だが、言わなければ道義に反する。葛藤を繰り返し、ジュディは小さな声でありがとうと囁いた。

「どういたしまして」

 毒気のない微笑みに頬が赤らむ。
 悪党でなければ顔もいいし、自慢の婚約者だ。

「それで、このまま俺の屋敷へ?」
「行かない!」
「じゃあいつなら一緒に来てくれますか? 準備をします」
「……二人が悪事から手を引いたらよ」

 カインが肩を竦める。呆れた様子でふうっと吐息を吐き出した。

「平行線ですね。ジュディ、俺達が悪事を働いたという決定的な証拠を持ってきて下さい。そうでなければ、無理矢理にでも拐って、頭を正常に戻してあげます。もし正常に戻らなくても、俺が面倒見てあげるので心配はいりませんよ」

 心配だらけだ!
 だが、たしかに伝聞だけで、決定的な証拠はないような……。
 いや、マリアナを疑っているわけではないのだ。
 ただ、カインの言葉にも一理あるような気がする。
 マリアナに手紙を書いて、どうすればいいのか聞くべきだ。マリアナならば答えを導いてくれる筈だ。

「わ、分かった。証拠を探してみる! でもそれまではこの家に来るのは禁止よ!」
「……分かりました。でも、そうですね、一ヶ月後までに証拠を見つけられなければ、俺達は好き勝手に動かせてもらいます」

 ごくりと唾を飲み込む。
 好き勝手に、と言う言葉が妙に重くのしかかる。

「では、また後日」

 優美に礼をして、カインが軽やかに去っていく。

「お嬢、今のうちに国外逃亡を計画する必要あるんじゃないっすか?」
「証拠を見つけられない前提で話をしないで!」
「俺、あれだったらお供するっすよ」
「お願い、私に優しくして!」

 大丈夫なはずだ。マリアナはジュディの信用できる友達だ。策を一緒に練ってくれるのに決まっている。
 カインが去っていた方角に視線を注ぎながら、ジュディは胸の鼓動をおさえた。
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