婚約者達は悪役ですか!?

夏目

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改心して

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 私には二人の婚約者がいる。
 カインとアベル。ノークシャーク伯爵の双子の兄弟だ。
 私はそのどちらかと結婚して、子供を産む予定。
 ……だった。



「最低! 人でなし!」

 ジュディは肺の中にある空気を全て吐き出して罵った。

「ジュディ、静かにしていただきたい。お腹がすいているのですか?」
「甘い物が足りない? ジュディ」
「そんなわけないでしょう!」

 あるだけの力を絞って言葉を吐き出したのに、なせか帰って来たのはゆったりのんびりとした自堕落な声だった。
 この双子は! といっそう怒りを燃やして、ジュディはカインとアベルに歩み寄った。

「私、知ってるのだからね。お前達の悪行を!」
「悪行?」
「はて、どれのことですか?」

 二人は揃ってジュディへと視線を送った。
 ようやく目が合ったジュディは、まず、丁寧そうに見えて実は慇懃無礼なカインを見た。そして次にのんびりとしたアベルへ視線を投げた。

「どれって、お前達他にもなにかしているの!?」

 正義の鉄槌を下すために拳をぐっと握りしめる。
 貴族だからといってあんなこと許されていいはずがない。それなのに、さらに悪行を重ねているなど許せるはずもなかった。

「……言い間違えただけですよ」
「そーそ、カインってうっかりしてるから。それで、俺たちジュディを怒らせちゃった?」
「貴女のパンケーキを食べてしまった件ならば謝ったうえに王都一の菓子職人を買って差し上げましたよね?」
「ジュディは嬉しかった? 王都一の菓子職人がいたらパンケーキじゃなくても、望む時に好きなものいっぱい作ってくれるでしょ?」
「丁重に元の職場に帰って貰ったに決まっているでしょ!」

 なんでと言いたげに首を傾げられる。
 ジュディの家は貴族だが、王都一の菓子職人を常駐させておくような格式高い家柄ではない。
 家にいる子供はジュディだけ。お菓子を好むのもジュディだけ。そのジュディも痩せるために食事制限をしていた。
 つまり、糖質は敵だ。事情を説明し、速やかにお帰り願った。
 もともと金で頬をぺちぺちされて来てしまった菓子職人だ。いくらかの手付金を与えるとすぐに元の職場に戻っていった。

「ジュディがおいしいといっていた菓子職人なのにですか? 貴女の為に用意されるはずの菓子が、王都のブルジョワどもに振舞われることになるのに?」
「昔はそんなの絶対に駄目って言ってたのに」
「いつの時代の話よ?! 私はもう、そんな大人気ないことは言わないわ。……話がズレてしまったじゃない。今日ここに来たのはお前達の悪行のことで話があったからよ」

 双子はふうやれやれと言わんばかりお互いに見合って肩を竦めた。
 ジュディはその仕草にむっときて、語気荒々しく言い募った。

「このあいだ子爵を没落させたでしょう!」
「どの子爵? 貴族は金銭感覚がなっていないから、成金に乗っ取られたり、消えたりするものだよ」
「我が輝かしきルクセンブルク・ローズマリアの嫌味を言った子爵よ! 私に対して『地方伯の分際で偉そうに』と言っていた彼よ」
「大変ショックだったのですね。内容を覚えているなんて」
「他にも聞いているんだから。プッシャー家のご令嬢が二十四も上の男に娶られたのは、二人のせいって」

 アベルがゆっくりと背を伸ばした。
 アベルは背丈がある。腕を伸ばすと、威圧感がある。ジュディは内心はらはらした。

「プッシャーのご令嬢って、サーシャのこと? 二人は運命の赤い糸に結ばれた夫婦だからねぇ」
「嘘よ、死んだ目してたもん!」

 二人に言い寄っていたプッシャー家のご令嬢は気がついたら、年上の男性と結婚式を挙げていた。
 結婚式なのに葬式に出ているような顔をしていたのを覚えている。あれが運命ならば、残酷すぎる。

「本当ですよ。なんなら話を聞きに行けばいいのに」
「そうそう、俺たちの言葉が間違いじゃないって分かるようになるよ」
「そんな言葉に騙されないんだから!」

 二人はノークシャーク伯爵家の息子だ。二人の父が管理する領土は、由緒正しい土地柄だ。軍事拠点としても知られており、巨大な城がある。
 国土を守る軍事力は国の要とも言える。だからこそ、国王も彼らを敵に回すことは避けていた。
 貴族達も同じように二人にはーーノークシャーク伯爵家には特別、気を遣っていた。
 その権威を振りかざして人様に迷惑をかけるなんて間違っている!
 二人は口達者だ。詭弁を弄して煙に巻いてしまう。だからこそ、幼馴染であり、どちらかの妻になる定めである自分がしっかりと窘めないといけないのだ。

「で、それで終了? 事実無根だったね」
「万事解決ですね。では、ジュディ。こっちにきてパイを食べましょう」
「それともまた断食してるの? やめときなよ。ジュディってば意志薄弱だから、すぐ食べちゃうでしょ?」
「遠慮せず、こちらへきてどうぞ」

 これまで何回も煮え湯を飲まされてきた。
 引くにわけにはいかない!

「うるさい、うるさいー! ともかく、他にもいろいろと話は聞いてるんだから。マリアナにも迷惑をかけたって聞いた。改心して!」
「改心もなにも言い掛かりをつけられているだけなのですが」
「そうだよ。あんまりオーボーだと本当に悪いことしちゃうかも」

 二人の声色に冷たさが滲みはじめた。
 いつもならば、ここで危機感を覚えて、ごめんと謝っていたが、今日のジュディは違う。
 絶対に負けられない戦いがここにはあるのだ。

「いい!? きちんと改心するまで絶対に会わないんだからね!」

 すっと立ち上がり、これぞ華麗なる淑女という颯爽と歩きで威嚇する。途中でヒールが上手く地面に着かずに足首がぐきっと曲がったのはご愛嬌だ。

「ほんと、絶対に会わないんだからね!」

 最後に部屋を去る際、ドアから顔を出してジュディは繰り返した。
 双子は呆れた顔をしていたが、ジュディは最後まで完璧に言えたことに満足して、そのまま乗って来た馬車で家に帰った。



 家に帰るとジュディはすぐにマリアナに手紙を書いた。

『あの件ですが、二人にもきちんと改心するまで会わないと言ってやりました!』

 時節や挨拶をすっ飛ばした文章だが、ジュディは満足げに封筒に入れると、すぐに封蝋をして使用人を呼んだ。
 ……が、すぐにはこない。
 咳払いをして、もう一度鈴を鳴らす。
 だが、こない。
 もうと拗ねながら、ジュディは庭師の名前を呼んだ。

「カドック、どうしてこないの!」
「はいはい、お嬢、今参りますよ」

 むっすり膨れながら待つこと数十分後。
 膨れた頬が萎む頃に、カドックはのそのそと髪を揺らしながらやってきた。

「遅い!」
「なんすかお嬢。王都に来てから変に短気になりましたよねぇ」

 ジュディの家が代々治めるルクセンブルク・ローズマリア領は長閑でいい土地である。
 人々はのほほんと農作業に従事し、疲れたら昼寝をしてお腹が空いたら食事をする生活をしている。
 都会にくると、その忙しなさに眩暈を起こしそうになるぐらいだ。

「短気じゃないの! これが王都では普通なの!」
「そりゃあ大変だ。さっさとローズマリアに帰りたいっすね。社交シーズン滅びろ」
「なんてこと言うの!」

 ジュディにとってはやっと来た社交シーズンだ。
 のほほんとした領地で過ごすのももちろん良いが、それ以上に毎日のようにマリアナに会って話が出来ることが嬉しい。
 マリアナはジュディにとってはじめてできた友達だ。両親や乳母以上に何でも話せる。
 去年の社交シーズンに出会って意気投合したばかりだが、お互いに手紙のやり取りは何百と行っている。
 だが、会って話すとまた違う楽しさがあるのだ。

「お嬢、なんかマリアナとかいう奴に構ってばっかで俺に構わないし、つまんない」
「マリアナ様でしょ! 私のお友達なんだよ! ああ、お友達。素敵な響きね」

 いつも社交界シーズンはカインとアベルと一緒にいた。二人は美形で金持ちの格式ある貴族の息子だ。
 ジュディは、そのどちらかと結婚することが決まっているので、嫉妬や嫌味で息苦しかった。
 声をかけてくる令嬢達は双子を会話に入れたがり、取り入ろうとする魂胆が見え見えだった。ジュディはそんな令嬢達を冷めた目でしか見れなかった。
 だが、マリアナは違う。
 ジュディのことをきちんと見て、心配したり、怒ったり喜んでくれた。

「そうそう、これ、マリアナに届けて」
「またっすか!? 昨日も送りましたよ」
「今日は今日。昨日は昨日なの。いいから、早く届けて来て!」
「はいはい。そういえば、カイン様とアベル様から贈り物届いてるんですけど、どうします?」
「え、なに!? 何が贈られてきたの!? 新しいオペラのパンフレットかしら! ……ごほん。いえ、カドックが中身を見て私に報告して」

 カドックはアッシュブラウン色の髪を間から覗くややツリ目気味の瞳を真ん丸にして驚いた。

「どんなやばい下手物口にしたんです? お嬢がそんなこと言うなんて、やばい」
「そんなもの一つも食べてない! こら、熱もない!」

 額に当てようとした手も振り払う。
 ジュディよりタッパはあるので、それだけで吹き飛んだりはしなかったが、そわそわと落ち着かないようにジュディのことを伺っている。

「私は今日、カインとアベルと決別してきたの!」
「お嬢は難しい言葉知ってるっすね」
「ふふふっ。あの二人はね、他人に迷惑をかけているのよ。悪党なの。改心するまで、会わないことにしたの」
「へえ、じゃあ差し詰めあの贈り物は賄賂ってやつすね」
「カドックも難しい言葉知ってるじゃない!」

 えへへと蕩けた笑みをカドックは見せた。
 カドックとジュディは生まれた時からの付き合いだ。
 春の花咲く美しい景色も、冬の凍えるような悲しい季節も同じように味わい、過ごしてきた。
 もう家族のような存在だ。
 笑っているとずっと笑っていればいいのにと思うし、泣いているとずっと抱きしめて泣き止むまで慰めてやりたいと思う。家族と言ってもいいとジュディは思っている。

「そんなわけだから、カドックが一度見てみて!」
「わっかりました」

 一度部屋を出て行ったカドックは数分して綺麗な四角形の箱を持ってきた。
 運ぶ手が震えている。
 ごくりとジュディは唾を飲み込んだ。
 青い幾何学模様が描かれた箱だけ見ても、高級感に溢れている。
 脚は透かし細工で作られており、見ているだけで頬が緩んでしまう美しさだ。

「宝石箱、よね」
「なかやばいっす。奥様だってこんなコレクションあるかどうか」

 気になって、少しだけ引き出しを開けた。
 ジュディはすぐに閉める。
 落ち着いて息を吐いて、また開ける。
 ルビー、サファイア、パール、アメジスト。
 キラキラしい宝石箱達が顔を出して、ジュディにやあと声をかけてきた。

「ふ、封印!」
「ういっす」

 あまりの輝きっぷりに恐れをなして、ジュディはカドックに命じて、母親が領地から持ってきた巨大箪笥の奥の奥にしまわせた。

「お、恐ろしい賄賂だったわ……」
「お嬢、カイン様にもアベル様にも沢山贈り物貰ってるのに、だいたいああやって封印しちまうすよね。売っぱらっちまえばいいのに」
「二人が考えて贈ってくれたものかもしれないし、売るのは駄目」
「謎にそこは義理堅いっすよねー。あ、そうだ、お二人の手紙も入ってたんで、渡しときます。じゃ、俺、ひとっ走りして届けてくるんで」
「お願いね。馬車に気をつけるのよ。悪い人について行っちゃだめよ。あとあと、眠くなったからって地面で寝ちゃだめよ」
「はいはーい!」

 軽快な受け答えだったが、本当に分かっているのだろうか。
 カドックは抜けているところがあるから少し心配だ。
 後ろ姿が見えなくなるまで見送り、ジュディは椅子に腰掛けた。
 ペーパーナイフを取り出して、封筒を開ける。
 中身の手紙は、アベルの筆で書かれていた。
 カインは悪筆で、書いてある言葉が読み取れない。

『愛しいジュディへ。宝石がジュディのもとに行きたいって駄々をこねるから贈っちゃった。それをつけて俺達の前に戻ってきて。俺とカインは怒ってないよ』

 むっとした。アベルはなにも分かってない。
 怒っているのはジュディの方だ。
 二人こそ、きちんと改心するべきなんだ。
 悪い人は罰を受ける。それが、この世界の常識だ。
 ジュディはアベルへの返事を書こうとしてやめた。
 二人に甘いから、付け上がるんだ。
 腕を組んで、ぷいっと視線を逸らす。
 絶対に二人に甘い顔なんて見せるもんか。
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