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Ⅱ.フィスタ
第10話 王子たちと子どもたち②
しおりを挟む「イルマ殿下、ここは⋯⋯」
「孤児院です。親を亡くした子どもや、捨てられた子どもたちを育てています」
「⋯⋯貴方がずっと手助けをしておいでなのですか?」
「⋯⋯フィスタは親を亡くした子は、村や町で守って育てます。それでも、育てきれない子は黒の森に捨てられる。森に放置されれば、あっという間に獣の餌食になります」
扉が開いた。一人の少年に連れられて、幼い少女が入ってくる。
「エレ! シアはいたのか」
「うん、マウロ。図書室にいたよ」
シアは一冊の本を抱えていた。
とことこと歩いて、こちらにやってくる。
「イルマちゃま、おうじちゃま」
シアの指はシェンバー王子を差していた。
まとめ役のマウロが慌てる。隣にいたエレも心配気に見つめている。
「シア、指差しちゃだめだ! 王子様は偉い方なんだから!!」
「えらい⋯⋯?」
シアは不思議そうな瞳で、ぼくとシェンバー王子を見る。
「⋯⋯よい。何か私に用があるのか?」
シアはにっこり笑って、本を差し出した。
「おうじちゃま、おんなじ」
「おなじ?」
シアの持ってきた薄い本には、簡単な挿絵で王子が描かれていた。
「よんで」
「私が?」
シェンバー王子が問うと、シアがこくんと頷く。
「⋯⋯この子に、本を読んでやっていただけませんか、王子」
ぼくが言うと、王子はシアと共に部屋の片隅に行き、椅子に座った。
王子の膝にシアが這い登り、マウロとエレが小さく悲鳴を上げる。
「いいから。二人はもう、皆のところで食べておいで」
戸惑いながらも、二人は連れ立ってテーブルに着いた。目を輝かせて仲良く食べ始める姿に笑みがもれる。
「はーい、まだおかわりはあるからね」
セツが忙しく立ち働いている。
シェンバー王子は、シアに求められるまま何度も本を読んだ。その後もシアは離れず、結局、膝に乗せたまま菓子を食べさせていた。
「おうじちゃま、これ、あまい!」
「⋯⋯そうか。よかったな」
「おうじちゃま、たべる?」
「いや、私はいい。シアが食べたらいいだろう」
「さすが、シェンバー王子ですね。あんな幼い子の心も鷲掴みだなんて!!」
セツが興奮気味に言った。
「今日だけは、そう言われる王子が気の毒になってきたよ⋯⋯」
部屋の片隅でシアを膝に抱き菓子を与える王子に、柔らかな日差しが当たっていた。
「今日は、本当にありがとうございました」
穏やかな口調で孤児院の院長であるゴートが言う。
「毎週、イルマ殿下がお見えになるのを、子どもたちはとても楽しみにしています。今日は子どもたちと約束したお菓子をお持ちくださって、皆、興奮していました。いつも通りに寝るかどうか」
「年に一度の楽しみだ。本来は親が作るものだが、一時でも代わりになれたらそれでいい」
「王宮で作られる高価な菓子など、巷では口にできるはずもありません。よき思い出になるでしょう」
フィスタには、年に一度、親が子どもの成長を祝って甘い菓子を作る日がある。甘味は貴重だが、親はこの日の為に砂糖を求め、女神に感謝を捧げながら菓子を焼く。
親が自分の為に菓子を作ってくれる。そんな優しい思い出は作ってやれない。せめてと思って、厨房の料理人たちに頼んだ。幼い頃から厨房に出入りするぼくの頼みを、料理人たちは快く引き受けてくれた。
孤児院の経営について話をした後、子どもたちに見送られながら馬車に乗った。
シアは、王子から離されて大泣きだ。
面倒見のいいエレがシアを抱きしめ、マウロが皆をまとめながら挨拶をする。
「イルマ殿下、シェンバー殿下、ありがとうございました! またぜひお越しください」
「おうじちゃまぁ、またきてね!」
馬車に乗った時には、日が暮れかけていた。
「シェンバー殿下、ありがとうございました。驚かれたのではありませんか?」
「ああ、驚いた。貴方があんなことをされているとは。しかも毎週通うとは、なかなかできないことだ」
「⋯⋯子どもの頃、夢を見たんです」
幼い子どもの泣き声が聞こえた。
──さむい、さむい。おなかがすいた。
──たすけて。だれか。こわいよ。
──こわい。こわい。まっくらだ。
──さむい。⋯⋯だれか。
真っ暗な森で、周りには誰もいない。
最初は大きかった声は、だんだん小さくなっていく。
⋯⋯たす⋯けて。おかあ⋯さん。
獣の唸り声が聞こえて、子どもの声は途絶えた。
苦しくて、辛くて。
見た夢を泣きながら、乳母のルチアに言った。
ルチアはすぐに父と母にぼくの夢を話し、「女神のお告げだ」と噂になった。
それ以来、孤児院を作る計画は、女神の名の元に急速に進んだのだ。
「今では、国のあちこちに建てられています。近年は気候も良く嵐もないので、捨てられる子どもたちは少ない。国からの補助で、孤児院の経営も上手くいっています」
「⋯⋯貴方には、女神の声が聞こえるのですか?」
「いいえ。ただ、存在を感じることはあります。それを知った人々が、ぼくの言葉を女神のお告げだと考えたようです」
幼い頃から、女神の存在は身近にあった。
あたたかく、優しく、ぼくを包む光。それは、黒の森でもぼくを助けた泉の光だった。
「私の国は⋯⋯」
シェンバー王子がぽつぽつと話し出す。
「戦や出産で親を亡くした子どもたちが昔から多い。施設はあったはずだが、うまく機能しているのかどうか」
「ご覧になったことはあるのですか?」
「ない。王族が立ち入った話も聞いたことがない。何の物好きかと問われることだろう」
言った途端に王子がはっとして、口をつぐむ。
「⋯⋯失礼を」
「いいえ。物好きでもよいと思っています。たとえ、一時の慰めでも」
ぼくは、王子の瑠璃色の瞳を見た。
「あたたかな思い出があれば、人は生きていける。今日のシアのように」
王子の瞳が戸惑いを見せる。
「とても楽しそうでしたよ、あの子の王子様は貴方ですね」
「からかうのはやめていただきたい。⋯⋯それに」
シェンバー王子の顔が近づく。
「いい加減、貴方の心の片隅に入れていただきたいものだが」
二人きりの馬車の中で、王子の腕はたやすくぼくの体を捕らえる。
柔らかな唇が、ぼくの鼻先に触れた。
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