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Ⅱ.フィスタ

第11話 宰相の息子と湖の計画①

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「このまま手をこまねいているわけにはいきません」
 ユーディトの屋敷に呼ばれたシヴィルは言った。

「巷は、シェンバー王子とイルマ殿下の噂でもちきりです。お二人は大層仲が良く、先日は城下の孤児院訪問もご一緒になさった。お二人の仲の良さにあやかれると、婚約した貴族たちが孤児院に寄付をするのが流行になっているとか」
「⋯⋯⋯」
 椅子に深く座り、組んだ指を額に付けてうつむく。ユーディトの表情は、苦悶の一言に尽きた。

 城内でも、毎日一緒に祈りを捧げ朝食をとる二人の姿は、微笑ましく受け取られている。
 王宮の『女神の間』には誰でも入ることが出来る。そのため、祈りを捧げる振りをして、朝からこっそり二人を眺めに行く者も多い。

 ──自分だって、わかりやすいイルマの行動は把握していた。出来ればシェンバー王子と同じように、イルマと共に過ごしたかった。宰相である父が、やたらこき使ってさえこなければ!!

 官僚は忙しい。そこに付き従う者たちの日々は、さらに過酷だった。大事な会議の開催時期は、睡眠時間も削られ、食事の時間も不規則になる。イルマ王子の顔を見ることすら叶わない。
 そんな中、こっそりと侍従のセツがやってきて、イルマからだと差し入れを届けてくれる。そこには、ユーディトの好物や、短時間でさっと食べられるような心尽くしの品が入っていた。ごくたまにイルマが作った菓子が入っていることもある。
「体を労わるように」と添えられた一筆を見た時は涙が止まらず、同僚に病を本気で心配されたほどだった。

「そうだ! ここでひるんでいるわけにはいかない!!」

 ユーディトは椅子から立ち上がった。
 窓辺に立っていたシヴィルの目がきらりと光る。

「それでこそ、未来の宰相ですよ、ユーディト様」

 シヴィルは、単に恋愛遍歴を重ねてきただけではない。恋愛を通して人を見る目を養っていた。性根が真面目で素直だが、押しが足りないのがユーディトだ。この従兄弟の想いを実らせることは一族の繁栄にも繋がる。シヴィルとしても、ここが重要なところだった。

「どうなさるおつもりです?」
「女神の湖近くに、うちの別荘がある。そこにイルマを誘おうと思う」
「ああ、もうじき祭りもありますからね。ちょうどよいではありませんか」

 女神が誕生したと言われる湖は、フィスタで最も大切な場所だった。毎年、作物の恵みに感謝する収穫祭が湖畔で行われている。

 4年おきに行われる盛大な祭りもあるが、それは来年だ。神殿と王室の共催となる湖上祭の時期は官僚たちには地獄だった。通常の業務に祭りの準備が加わるのだ。忙殺されることがわかりきっている。

「来年は、祭りを楽しむどころではない。今年、なんとかしなくては⋯⋯」
「そうです! 大体、来年の話なんか考えている時点で負けが決まったも同然なんですよ!! 仕事より恋愛! 明日より今です!!」

「シヴィル⋯⋯」
「ユーディト様は出来る方です。私は信じています。一刻も早く、殿下をお誘いしましょう!」

 ユーディトは翡翠色の瞳に決意を込めて頷いた。シヴィルも頷き返す。二人の胸に熱い闘志が広がる。
 恋愛師匠は、飴と鞭をしっかり心得た男だった。



 ☆★☆



 最近、財務大臣に結構な頻度で呼びつけられては仕事を手伝わされている。スターディアから戻ってきて落ち着いてきたところを狙うあたりが巧妙だ。
 今日も是非にと言われて、大臣の部屋に向かっているところだった。
 廊下を歩きながら、誰かに名を呼ばれた気がして、ふと後ろを振り返った。

「イルマ」
「ユーディト」

 城内でもなかなか顔を合わせることがない友人が立っている。
 ぼくは思わず走り寄った。

「女神の湖へ?」
「うん、うちの別荘があるんだ。今はちょうど木々も色づいて美しいし、収穫祭もある。よかったら、ゆっくり過ごして女神への祈りを捧げてはどうかと思うんだけど」

 ユーディトの提案にぼくの心は舞い上がった。

「嬉しい。女神の湖には湖上祭の時ぐらいしか訪れる機会がなくて。いつも慌ただしく過ごすことしかできなかったんだ。それに宰相殿の別荘からは湖が見渡せて、大層絶景だと評判だ。本当にお邪魔していいの?」

「もちろんだ。本当は王立学校の時に誘いたかったんだが、なかなか日にちが合わなかったんだ。女神の恩寵厚いイルマ王子に来てもらえたら、父も湖畔屋敷の者たちも喜ぶだろう」
「もちろん、ユーディトも行くんだよね?」

 ユーディトに尋ねると、頬をほんのり染めて頷いた。
「ちょうど休みが取れたから、周りを案内できたらと思うんだけど」
「ああ、嬉しいな! ぜひ伺わせてもらうよ!!」
 思わずユーディトの両手を握りしめる。友人は微笑んで強く手を握り返してきた。

「楽しそうですね。何のお話かな?」
 耳を震わせる、低く甘い声が聞こえてきた。
「シェンバー王子」
 ぼくとユーディトは、思わず息を呑んだ。
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