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Ⅱ.フィスタ

第9話 王子たちと子どもたち①

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「おはようございます、イルマ殿下。今日は遅かったですね。これから、どちらにお出かけですか?」

 いつもの祈りの時間に遅れたので、慌てて朝食に向かった。出かける支度に時間をとられたのだ。先に席に着いていたシェンバー王子が笑顔で話しかけてくる。

 ぼくの行動はすっかり王子に知られていて、最近は会話の自然さに戸惑うこともなくなってきている。怖い。

「ちょっと城下まで⋯⋯」
「そう言えば殿下は、七日に一度は城下にお出かけですよね。どこか気に入った店でも?」
「いえ、特にそんな店があるわけではなくて」
「そうなんですか? 熱心にお通いになっておられるなと思っていました」
「⋯⋯約束があるものですから」

 
 王子の瑠璃色の瞳がきらりと輝く。
 ああ、余計なことを言ったと思った時には、もう遅かった。


「本当に、シェンバー王子もご一緒に行かれるのですか?」
 わけがわからない、とセツが胡乱気な顔で言っている。
 仕方ない、世の中には成行きってものがあるんだ。

「ぜひに、と仰っている。元々王子は、好奇心旺盛なんだろうな」
「まあ、ご一緒されても問題はありませんよね」
「そうなんだよ。シェンバー王子は目立つだろう? 話題になって注目度が上がれば、寄付が増えるかもしれない。そう思うと、逆にいいような気もするんだ」


「お待たせしました」
 しかし、自室に現れたシェンバー王子を見て、ぼくとセツは目を剥いた。
「⋯⋯王子、派手すぎます」
 麻のシャツも華やかな刺繍のコートもよく似合っている。袖の瑠璃のカフスなど、瞳と合わせていて洒落ていると思うが、今回は必要ない。

「折角、イルマ殿下と出かけると思って用意したのですが」
 心底残念そうに王子が言う。
「大変よくお似合いです。でも、ぼくと出かけるにはもったいないので、他の方との機会にどうぞ」
「殿下は素気無すげない言葉を仰る」
 艶めいた流し目を送られたけれど、無視した。
「今日行く場所には不要ですので。王子のお持ちの服の中で、最も目立たぬものをご着用ください」

 もしかして、地味な服など持っていないのではないかと思ったが、そんなことはなかった。
 着替えてきた王子の服装は、濃い茶の上下で質も仕立ても申し分ないが、一見して派手にも見えない。そして、地味な服ほど本人の美貌を引き立てるものらしい。


 馬車で一刻ほど揺られ、ぼくたちは目当ての場所に来た。町外れに建てられた二階建ての建物は、入口に女神の姿が彫られている。

「あ、イルマさま!」
 ぼくに気づいた子どもが駆けてくる。
 一人が気がつくと、次々に子どもたちが走ってくる。

「イルマさまだー!」
「イルマさま、いらっしゃい!!」
「セツもいるー!」

 ぼくは、あっという間に子どもたちに取り囲まれていた。
 ふと視線を上げると、指をしゃぶりながら立ちすくんでいる子どもがいた。

「シア、おいで」
 ぼくが呼ぶと、とことこと歩いてくる。
 両手を差し出して、ふわりと軽い体を抱き上げた。

「⋯⋯いるまちゃま、あのひと、だあれ?」
 シアの指さす先には、呆然と立っているシェンバー王子がいた。

「⋯⋯きらきら⋯⋯めがみちゃま?」
「ふふっ。シア、シェンバー王子は男の人だよ」
「ちぇんばあ?」
「そう。隣の国の王子様だよ」
「⋯⋯」

 シアが降りたいと言うので、そっとおろしてやる。
 幼い少女は、建物の中に走っていった。

「イルマさま、今日はなにしてあそぶ?」
「イルマさま、いつまでいられるの?」

 子どもたちが次々に話しかけてくるので、ぼくはしゃがんで目を合わせる。
「今日はゴートと話をしに来たんだ。たくさん遊べないかもしれないけれど、約束したお菓子をたくさん持ってきたよ。皆で食べよう」

 わっと歓声が上がる。

 建物の中から、一人の青年が子どもに手を引かれて歩いてきた。
「みんな、手を洗って。食堂で待っておいで」
 青年に声をかけられた子どもたちは、はーい!と元気よく返事をして次々に建物の中に入っていく。

「イルマ殿下、お待ちしておりました」
「ゴート、突然ですまないけれど、今日はお客様を連れてきたよ」
 シェンバー王子が隣に立って挨拶をする。
 青年は目を見開いて、頬を染めている。こんな光景もすっかり慣れっこになってしまった。

「名高いスターディアの王子殿下にお越しいただけるとは光栄です。どうぞ、中へ」

 建物の中は、新しくはないが清潔だった。隅々まで掃除され、女神の小さな像の前には花が飾られている。
 セツは食堂で持ってきた包みを開き、子どもたちと共に皿に移し替えていた。包みを開ける度に歓声が上がった。

「はーい、みんな、たくさんあるからね。全員、手は洗った?」
「あらったよー! セツ!!」
「ほら、みてー!!」
 子どもたちが次々に小さな手をあげる。

 笑って頷くセツの隣で、まとめ役の少年が言った。
「じゃあ、お皿を持って、小さい子から順番に並んで! 一つずつ取るんだよ」

 順番に並んだ子どもたちは、幼い子から大皿に並んだ菓子をとった。
 皿の上には、木の実の焼き菓子や口の中にいれたら溶ける真っ白な砂糖菓子、卵色の蜂蜜パンなどが並んだ。
 どの子の瞳も、きらきらと輝いていた。

 テーブルの上にあるものが取れない小さな子には、年嵩としかさの子どもたちが手を貸す。
 全員が席に着いたのを確認して、女神への祈りが捧げられる。祈りが終わると、子どもたちは賑やかに食べ始めた。
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