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3・偽りの学園生活
3-70・最悪の朝
しおりを挟む翌朝は最悪だった。
体が、ではない。多分、行為の後に我に返ったミスティが治癒魔術を施したのだろう。体自体に不調は感じられなかった。
では何が最悪なのか。心が、だ。
ティアリィはそう言えばと思い出していた。
理性を奪われないままの行為は、忘れてしまいそうなほど以前に記憶が残っていた。あれはアーディを身ごもっていた時のことだ。
あの時、ティアリィは意図せずミスティを拒絶してしまっていて。二人ともそれに気付かず、いつも通りの触れ合いを持とうとした。
だが。
ティアリィは、否、ティアリィの体はミスティを拒絶した。正しくはミスティの魔力を、である。
それでも、その時のミスティは、昨夜よりは余程に理性的で、思いやりを保っていた。
昨夜はそれほどにひどかったのだ。
幸いなのは、思い出した10年も前のあの時と違って、ティアリィ自身はミスティの魔力を、拒絶していたわけではないところだろうか。おかげで魔力を注がれて以降は、ある意味ではいつも通り、ティアリィはミスティの魔力に酔ってしまって。快楽を得ることも出来たのである。
もっとも、たとえそうだとしても、昨夜のミスティに正気がなかったことも本当で。
本当に。
「最悪だっ……」
ティアリィは唇を噛みしめた。
目が覚めた、自らの寝台の上。傍らはすでに冷たく、ミスティは疾うに起き出しているか、あるいははじめから共に眠りにはつかなかったのだろうことがわかる。
いくらキレイに治癒魔術も施され、体も整えられていたとしても。一人、寝台に取り残されて、何も思わないはずがなかった。
それが昨夜から引きずる最悪な気分に拍車をかける。
だってティアリィは今、一人だ。
たった一人で、寝台にいる。
たった一人で、寝台で目覚めた。
ミスティは傍に、いなかった。
「ミスティ……」
やるせなく呟いた声は、当然応える相手も持たず。さわやかななはずの朝に溶けて、なのにティアリィの心をどこまでも、ずぶずぶと果てのない闇の中へと、引きずり込んでいくようなのである。
せめてここにミスティがいてくれたら。
ティアリィはそう、思ってしまった。
ならきっと、ティアリィは怒りをぶつけることが出来た。ミスティに直接何かが言えた。だけどいない。ティアリィは今、どうしようもなく一人なのだ。
終わった後に。治癒魔術なんて施して、一人取り残されるぐらいなら、たとえ痛くても苦しくてもそのままでいいから、ミスティに側にいて欲しかった。
そう思うのはきっと、自分の我儘なのだろうと思うと、つと頬を伝った涙を、ティアリィは止める術を持たないのだった。
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