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2・旅程と提案
2-12・ピオラの心情と、(ピオラ視点)
しおりを挟む「思ったより何もなくてがっかりだわ」
本当に残念そうなミーナの言葉に、ピオラはくすくすと声を立てて笑った。
そんな反応を受けて、ミーナが子供っぽく頬を膨らませる。
夜。野宿とはいっても、ピオラやミーナを含む女性陣の寝る場所は馬車の中だった。
拡張魔法が仕込まれているので、女性四人が横になっても問題ない程度には広くできる。
こちらもまた旅の初めからあらかじめ用意されていた寝具を広げて、ごろりと横になったミーナは頬杖をついた手で両頬を支えながら足をバタバタと動かした。
ピオラはすぐ横に座り込んでそんなミーナを眺めている。
ティアリィは王宮に帰っていて不在だった。
おそらく寝る前には戻ってくるのだろう。この旅程の間中ティアリィが王宮で夜を越したことはなく、コルティにねだられても、寝かしつけた後で戻ってきている。だから、今日も。それこそ、ミスティにでも捕まらない限りは。
なお、ティアリィの寝る場所は馬車の外だ。他の護衛と同じように、座ったまま交代で短い仮眠を摂るのみだった。
勿論、そうなると宿にでも泊まらなければしっかり体を休めることなどできず、昼間馬車が走っている間にも時折仮眠を摂るようにしているようで、それは他の護衛達も同じ。一人、ないし二人は必ず馬車内で過ごすが故に出来ることでもあった。
このような状況をもしミスティが知ったら……と、想像するだけでも恐ろしくてならず、当然ミーナにはこんな話を伝える予定など存在しない。それはきっとピオラもなのだろう。
だが、2人とも流石にそろそろバレるだろうと思っている。何せ国を出て以来ほとんど毎晩ティアリィは王宮に帰っているのだ。現状バレていないだけでも奇跡。
「何も起こらないに越したことないじゃない。これで何かあったりしたら、流石に母様への負担が大きすぎるわ」
「そりゃそうだけどさぁ」
ただでさえキゾワリでは余計な気苦労を背負い込む羽目になっている。まさかここまでこの国がナウラティスに拒否反応を示すだなんて。ティアリィも含め、誰も想像していなかったのだ。
両国間の相性が悪いことぐらいはわかっていたので、少しぐらい扱いが杜撰になることはあるだろうが、その程度だと想定していた。
国交がない国というのは本当に恐ろしい。ティアリィ曰く、他の国も併せて集まるような場では、キゾワリの代表もそこまでおかしな態度を取ることもないそうだから余計にだ。むしろ友好的な態度であいさつを交わしにさえ来るらしい。そんな風だったのなら、たとえそれ以上の交流がなくても、その先など流石に事前には予測できなかったことだろう。
今回の話を事前に伝えた時の先方の様子も、別段おかしなものではなかったそうだし。
ミーナに言わせれば、だから世間知らずだというのだ、というような話になった。
実際の国の様子なんて、まったく知らないままなのだから、と。
「キゾワリはさぁ、結構ギリギリなのよね。そんなの、国家間を移動するような商人なら誰でも知っているわ。ファルエスタも、だから何かを危惧して、うちに話を持って来たんじゃないかしら。姉様が嫁に行くってなったら、当然、うちはファルエスタにポータルを設置しようとするでしょうね。じゃないと、行き来するのに時間がかかりすぎる距離なんだもの。ファルエスタ側にそんなことが出来る魔術師なんていないわ。例の今の王配殿下でかろうじてできるかどうか。魔術には長けた方らしいからできるかもね、もしかしたら。でも、そんなの現実的じゃない。ファルエスタはポータルの設置を望んでいた。なら、出来ることなんてそう多くはないじゃない? 流石のうちも、あんな国まで慈善事業でなんて行かないわけだし。今回の旅でもわかるとおり、リスクが高すぎるんだから」
まさかファルエスタ側も持ち込んだ縁談が受けてもらえるとは思ってもみなかったことだろう。
だが、それをきっかけとして、ファルエスタの内情を知って欲しかった。その上でナウラティスに頼みたいことがあった。大体はこんな所だと思われる。
ミーナの話に概ね間違ってはいないだろうとピオラも頷いた。
魔術士、あるいは魔法士はどの国でも貴重だ。
ナウラティスはその数が領土と比例するように、否、それ以上に多い。特に個々人の魔法、魔術の腕については、周囲の国と比べるべくもないほどのものだった。
実際、今いるキゾワリには魔術士も魔法士もほとんど存在しない。いないわけではないのだろうが、いても数人程度だろう。
ファルエスタにしても、キゾワリほどではないにしても、大きく状況が違うというわけでもないらしい。
特に18年前の大粛清があってからはその数もめっきり減ってしまったのだとか。
ファルエスタは焦っていた。と、言うよりはファルエスタの状況もよくないのだ。その上、キゾワリがこんな有様である。流石に立地の関係もあるので攻め込まれたりだとかいう話にはならないだろう。山と魔の森を超えるのはキゾワリ側にもリスクが高すぎる。
だが、それ以外はどうなのか。
ただでさえ今回悩んだように、ファルエスタに入国する一番安全なルートはキゾワリからの物になるのだ。
ポータルの設置を臨むのは何もおかしなことではなかった。婚姻、などという話を持ち出す以外に、ファルエスタ側がナウラティスに提示できる物が何もなかったというのも大きそうだ。
「それにしても。姉様はよく今回の話、受ける気になったわよね」
国を出たいようには見えなかったし、母様の負担というなら、そもそもそんな選択をしなければよかったのだ。
訊ねられてピオラは応えに詰まった。
確かにミーナが言うとおり、そもそもピオラは国外に出ることなど想定していなかった。この縁談の話が来る前までは。
でもこの話が来た時に考えたのだ。
ピオラは自分の立場をよくわかっている。
ティアリィもミスティもよくしてくれている。親として不足なくピオラを育ててくれた。ただ、押し付けられただけの、王族の血を引いているというだけの孤児でしかないピオラをだ。
二人に引き取られてからの日々は、まるで夢のようだった。そしてその夢は覚めることなく、今もなお続いている。
ティアリィに言った、寂しいというのも本当だった。
ピオラは本当にティアリィが大好きだったし、少しでも一緒にいられると嬉しい。兄妹の多さを思うと、これ以上なんて欲張りすぎるとはわかってはいても。
でも同時にどうしても、申し訳なくも思っていたのだ。何の役にも立たないピオラを、これほどまで愛情深く育ててくれていることが、とんでもない罪悪感としてピオラに巣食っていた。
縁談の話を聞いて、報いられると思った。
確かに、ナウラティスには負担をかけることになるだろう。だけど、ファルエスタになら。自分はきっと、助けになるはずだ。ナウラティスでは役に立たない自分も、ファルエスタでなら、役に立てる。
グローディは出身地である辺境伯領のことがあったし、アーディとミーナは二人の実子だ。余程本人が希望でもしなければ、国外になど出せる立場ではない。そしてコルティは小さすぎた。
自分しかいないというのも、ピオラの決意を固めた要因の一つだった。
そんな事情を、何処までミーナに伝えようか迷って結局ある程度は正直に言ってしまうことにする。
嘘やごまかしは苦手なのだ。
「なんて……言えばいいのかしら。私は、役に立ちたかったのよ。父様や母様が私によくして下さるように、誰かによくしたかった。この縁談は……そんな私の希望の為に、利用したに過ぎないわ」
相手のことなど何も知らず。だから、嫁に行こうとしている。もうすぐ14歳。すぐにではなくとも、数年後にはそうなるだろう。
その時の自分は、さて、今より良い人間に成れているのだろうか。
ピオラの少ない言葉に、ミーナは納得していない調子で相槌を打った。
「ふーん? ま、姉様がいいんだったらいいんだけどさぁ」
それっきり話は変わって、その後にいくつか交わした会話は、姉妹の他愛無いおしゃべりに終始した。
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