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2・旅程と提案
2-11・狭い視野と外の国
しおりを挟むきな臭い、と感じたのは当たっていたらしく、囮にした幻影は何度か襲われそうになっていた。
だが、幻影はあくまで幻影であり、実体などない。襲い掛かったところで触れられず、霞のように消え失せる。
流石に先方も何らかの術が行使されていることに気付いたのだろう。今度は他の場所の検問が厳しくなったらしく、実際にティアリィ達含む商団も幾度か足止めを食らう事態に陥った。
フデュク商会の取り扱う商品は幅広く、その中では人材も取り扱っているのだとか。つまり、要人警護なども請け負っているのだそうだ。
今回装ったのはそちらだ。ルティルやマシェレアの特産品なども商材として積み込んではあるが、ルティルからファルエスタまで、貴族の令嬢二人を送り届けるのがメインの仕事だと表向きはなっている。なお、令嬢二人とはピオラとミーナのことで、ティアリィは含まれていない。ティアリィは彼ら付きの身分のある護衛のつもりだ。
あながち間違いではない。
どうやらルティルから入国の際には、ティアリィ達と合流した者たちとは別に背格好の似た人員8名と馬車1台も共に行動していたらしく、そちらはそちらで囮として別でキゾワリ聖国内を進んでくれているのだとかも聞いて、たった一日や二日の対応とは思えず、頭が下がる思いがした。
随分と無理を聞いてくれている。それとも大商会ともなると、これぐらいできるものなのだろうか。
ミーナは得意げな顔をするばかりだった。
幾度か検問で足止めを食らいはしたが、2つの囮が効いたのか、幸いにして疑われることもなく順調に旅を進めることが出来た。
もう少し何かあるのではないかと心配していただけに、拍子抜けする結果とはなったのだが、何もないに越したことはない。
何カ所かの町や村に立ち寄りながら、だた、辿るのが細い道であるのに比例するよう、小さな集落が多い所為もあって、ほとんど宿に泊まれることはなく、野宿をメインとしてキゾワリ聖国内を馬車で走り抜けた。
常時行使し続けている魔法と、自然高まった緊張感故もあり、マシェレアの時のように旅を楽しめる余裕はあまりなかったが、それでもいくつか分かったことがあった。
キゾワリ聖国は貧しい。
聖都には足を踏み入れていないので、そちらの様子は流石に分からないが、立ち寄る集落全てが粗末でみすぼらしく、何処にも余裕が窺えない場所ばかりで、少し大きめの街に差し掛かってさえ、活気にあふれているという風には見えなかった。
商会の者たち曰く、キゾワリ聖国は常にこのようなものなのだという。商売を仕掛けるにしてもいい国では決してなく、だが、末端には頻度低くたまに訪れるのみの行商を頼りに生きながらえている人々もいて、やめるわけにもいかないのだそうだ。
土地は痩せて岩場が多く、牧草地帯にも家畜が少なかった。確かキゾワリには目立った鉱山等もなかったはずだ。特有の発展した産業なども存在せず、森や林、草原地帯は荒れ放題で日々の暮らしにも事欠くような民ばかり。
国としても限界が近いだろうと商団の者は言った。
キゾワリ聖教は架空の神を崇めているだけあって、どのような奇跡でさえ起こったという実績はなく、宗教として成り立っていることもまた不思議なほど。
だが、この国の者達は皆、キゾワ聖神を崇めている。それらは異様な光景にティアリィの目には映ったのだが、商団の者にそう告げると、存外に世間知らずな所があるのですねと笑われてしまった。
特筆する程におかしな光景ではなかったらしい。
「ナウラティスで主流なのは確かホフィア教ですね」
確かめられてティアリィは頷いた。
実在する創造神を祀ってはいるのだが、彼の存在の人格を反映して、教義などはないに等しいほど緩い。
教会も街の相談所のような様相を呈している有様だった。
一応はどの教会にも設置されている創造神様の写し身に祈りを捧げたりもするのだが、皆、そんなものが届かないことを知っているからだった。ではなぜ祈りを捧げるのか。そんなもの、自分のため以外にはありえない。
創造神様は誰のことも見ていないし、誰のことも助けはしないのだ。それぐらいならまだ、彼の方の流れを汲む例の一族の者たちの方が、まだ何らかの救いの手を差し伸べてくれる可能性があるぐらいだった。会えること自体がまれではあるのだが、会えさえすれば助けてくれる、かもしれない。慈悲深い者たちの集まりなので。
「ホフィア教を信仰している方たちにとっては、そりゃあ他の宗教は奇異に映ることでしょう。実在する神を知っているというのは強い。特にナウラティスは彼の方の理念に染まり切った国だと聞いております。宗教への依存度が極端に低い国。何かがあった時に神に祈ることぐらいはしても、それが叶えられないことも知っている。あるいは、叶う保証がないゆえの神頼みだと割り切っているというべきでしょうか」
概ねティアリィの認識と相違ない言葉にティアリィは頷いた。それを認めて、商団の者は更に続けた。
「だからこそ、ナウラティスの国民は皆強いのです。むしろ弱い者はあの国では生きていけない。ナウラティスの外では、そんな弱い者の方が多いのですよ、ティール様。何かに縋ることしかできないが故に、信仰を捨てることもできない。捨ててしまえば楽になることがわかってはいても。それは決しておかしなことではありません。この旅はきっと、ティール様にとってもいい機会となることでしょう」
暗に視野の狭さを指摘され、ティアリィは自分の未熟さを恥ずかしく思った。
例えばこの国の現状に、下手に同情して何かしようとはしない方がいいと、釘を刺されたような気分にもなる。別に具体的に何かと考えていたわけではないけれど、思う前に止められた形だ。
もうすぐ30にもなろうかという年だというのに、こういう時に自分はまだまだだと実感した。
ピオラとミーナは、ティアリィ達の話が聞こえていなかったはずはないのに、何も聞いていないふりをしてくれていて、護衛や侍女たちも、もの言いたげにはしていつつも何も言わずにいてくれている。
ティアリィが苦笑して、気にしていないと示すと頷いた。
商団の者の指摘は、ティアリィだけの物ではなく、ナウラティス全体の認識の話だった。
それらが悪いというわけではない。だが、一歩国の外に出れば、その限りではない、なんてことは、当たり前の事実なのだ。
ティアリィはそれを忘れずにいようと心に決めた。貧しいばかりの様子が続く光景を流し見ながら。
旅はそろそろ終わりに近づいてきていた。
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