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期待に応えたい (〃)

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記憶喪失の人魚とは、またとんでもないものと出会ってしまったな。可愛いからいいけど。

「少しずつ記憶遡っていくのはどうかな。荒凪くん、ここに来る前は何してたの? 車乗った? 電車と歩き?」

「……くゅま」

「ンッッッ」

「ミツキ? どうした」

「美少年の舌っ足らずに心臓が止まりかけてるんだろ」

流石セイカ。俺のことをよく分かっている。

「こういう時は心臓マッサージだ」

おや? 流れ変わったな。はぁ全く我らがハーレム主はしょうがないヤツだなぁ、とみんなから呆れた目を向けられるヤツでは? 蔑むような目に興奮出来るチャンスだと思ったのに。

「胸を押せばいいのか?」

「もう一度衝撃を与えるんだ。秋風、ちょっと」

セイカはアキに何やら耳打ちをする。不安そうに俺とセイカを交互に見ているサキヒコとは逆に、アキは笑顔で頷いて俺に顔を寄せた。

「にーにぃ、だいすきー」

「ヒュッ……」

「鳴雷の心臓は美少年で止まるから、美少年で衝撃を与えて動かすといい。もちろん秋風レベルの美形じゃなくても大丈夫だから、お前らも安心して鳴雷に求愛してやれ」

「ワシには追い打ちに見えるんじゃが」

ミタマ、正解。

「ふぅ……第三の心臓がなければ死んでいた」

「ビールかよ」

トントンと軽く胸の辺りを叩き、会話を戻す。荒凪に過去のことを聞いてみるのだ。

「荒凪くん、車には誰と乗ったか覚えてる?」

「まひろぉー……と、知らないひと」

「知らない人?」

「運転手じゃないのか、免許持ってないとか言ってただろ」

「なるほど。どこから車で来たの?」

「……? 知らない……」

多分母が勤めている会社の地下で一時的に保護されていたと考えていたのだが、荒凪には分からないか。

「ビル?」

「びりゅ……?」

「あー、じゃあ、秘書さん……えー、まひろ? さんと会う前は何してたの?」

「まひろぉ、の、前……水のなか」

「水槽に居たんだね、その前は? 水槽に入る前、海とかに居た?」

養殖なら生簀だろうか。っと、魚として考え過ぎているな。人魚じゃないかもしれないという話だ、水に関係すらしていないかもしれない。

「……部屋に、いた」

「部屋? どんな部屋?」

「白い……へや。かべひとつ、鏡」

部屋の壁がスタンダードに四面だとして、そのうちの一面は鏡張りだったということか? 

「鳴雷、なんでそんなに思い出させたがるんだよ」

「…………あの人、俺に期待してくれてた。荒凪くんと絶対仲良くなれるって。その上荒凪くんの過去を暴けちゃったら、俺すっごく褒められると思うんだよね」

「そんな理由かよ……」

セイカは呆れた顔だが、何も秘書がセクシーな美青年だから言っている訳ではない。超絶美形な上頭が良くて、器用で何でも人並み外れて出来て、人間としても尊敬出来る……そんな母の息子だから、俺にはずっと劣等感がある。手料理を彼氏に振る舞って「美味しい」と言ってもらえても、笑顔で礼を言いながら「でも母さんの方が美味しいの作れるからなぁ」とどこかで考えている。ルックス以外の何の才能も受け継げなかった自分が、彼氏の褒め言葉すら心の全てで喜べない自分が、嫌いだ。

「うん。そんな理由。しょぼい?」

だから、秘書が母に本音を隠して俺に期待してくれたことが、嬉しかった。母には出来ないけれど俺には出来ることなんて、ないと思っていた。せいぜいちんちんシャンプーボトルチャレンジくらいだろう。荒凪を託されたのは母じゃない、俺だ。俺が頼られた、俺が期待された、こんなの初めてだ。胸が高鳴る。重圧に肺が縮む。

「しょっぼい。クソみたいな理由」

「ははは……ま、そういうヤツじゃん俺って」

荒凪を口説くのは秘書の本音を聞く前から心に決めていた。期待に応えるというのは、期待を聞かされる前からやるつもりだったことだけでは不十分に思える。だから、荒凪の正体を探りたい。たくさん証拠を集めて伝えて彼の期待を超える働きがしたい。社会的地位の高い彼に認められたらきっととても気持ちいい。

「白いへや、人来て……僕達、ふくょ、入れらぇて……はこばれ、て、水のなか入った」

「……袋に入れられて運ばれた?」

「繁殖場からペットショップへの移送って感じか」

荒凪の表現力の問題かもしれないが、とても丁寧に扱われていたとは思えない。

「部屋の前は分かる?」

荒凪は黙って首を振った。いい思い出ではなさそうだし、今日のところはここまでにしておこうか。色々話したり経験したりしていく中で何かがきっかけになって、色々思い出していくかもしれない。

「……そっか。じゃ、この話はもう終わりね。遊ぼっか、あやとりとかどう? 指動かす練習になるよね」

「ワシあやとり得意じゃぞ」

「ホントっ? ぽいと思ってたよ」

「見た目で得意そうなもんはだいたい得意じゃ」

「毛糸とってくるから待ってて」

「私もやりたい、私の分も頼むぞミツキ」

彼氏達を置いて部屋を出る。毛糸含む手芸道具や材料は自室に置いてあるので、小走りで向かう。途中、スマホを取り出しメッセージアプリを立ち上げる。

(重瞳のことと……秘書さんは荒凪くんは水槽で目覚める前のこと覚えてないと言ってましたから、その前の鏡がある部屋については聞いてないのかも。そちらも報告しておきましょう)

荒凪についての報告を秘書に送信。続けてネイとのチャットを開く。

『日本神秘の会についての情報が少し手に入りました』

とだけ送信。自室に入り、毛糸を収納している箱を探った。
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