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呪い (〃)

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あやとり用に適度な長さで輪にした赤色の毛糸を四本、腕にかける。毛糸を元通りに収納して立ち上がったその時、部屋の扉が開いた。

「……! 荒凪くん、どうしたの?」

「…………? みつき」

「うん……水月だけど」

待っていろと言ったはずだが、着いてきたのか? 何か用事があった訳ではなさそうだ。手を繋ぎ、アキの部屋へと戻りながら考える。荒凪の精神年齢は何歳くらいなのだろう……と。俺や秘書に着いてくる様子は幼児の後追いを思わせる。

(見た目はアキきゅんとタメくらいなのですが、中身は……うーむ)

あまりに幼いと口説くのに支障が出る。少なくとも恋愛感情が理解出来る年齢であって欲しい。



部屋に帰り、ミタマとサキヒコと共に荒凪にあやとりを教える。指を細かく動かすのはまだ苦手なようで、ほとんど形にならなかった。上手くならないまま時間は進み、夕方に。

「そろそろ準備しないとだな。アキ、セイカ、着替えるぞ」

用意しておいた浴衣に着替える。俺が紺色、アキが黒、セイカが薄い灰色だ。ミタマとサキヒコはいつも通りの格好で十分だろう、と思っていたがミタマはポンと音を立てて衣装を変えた。

「お、浴衣?」

「うむ、狐柄じゃ。耳と尾も隠してみたぞぃ、これでどこからどう見ても祭りを楽しむ人間じゃな」

「ふふっ、そうだね」

「…………私も」

「ん?」

「……私も、祭りを楽しみたい。主様への土産話を作らねば」

私も祭りに合った浴衣を着てみたい、じゃないのか? 以前聞いた時は髪型も服も変えるつもりはないなんて言っていたけれど、洒落っ気が出てきたのかな。

「荒凪くんどうしようか、予備の浴衣とかないよね?」

「お前が持ってなかったらないだろうよ」

「俺のじゃ丈余りそうだしなぁ、洋服で行くしかないか。ま、みんな多分ほとんど洋服だよ」

俺よりも小さく、セイカよりも大きい。絶妙な身長の荒凪にはセイカのオーバーサイズの服が合う。セイカが着やすいとか過ごしやすいとかでオーバーサイズを好むタイプでよかった。

「セイカの和柄シャツ! よし、これならそんなにハブ感出ないな」

「…………はぶかん?」

「荒凪くんだけ仲間外れみたいには見えないってこと」

「僕達、なかま?」

「そうだね。これから一緒に暮らすんだし家族みたいなものだよ」

「かぞく……」

「鳴雷、何か持ってくもんあるかって秋風が聞いてる」

「ないよ。あぁ、セイカにはあるぞ? ピルケース。ちゃんと晩ご飯の後に飲もうな」

ピルケースをセイカの手に置く。今日の夕飯は祭りの屋台で済ませるつもりだ。焼き鳥や焼きそばなんかがあるから不都合はないだろう。

「か……ぞ、く…………かぞく、おとーと?」

「えっ? あ、あぁ……まぁそうだな、弟は家族だ。どうしたんだ?」

「家族、俺達……の、おとーと、僕達……の、ぉにーちゃ…………ちがう、みつきちがう、かぞくちがう」

「ど、どうしたの荒凪くん……」

「みっちゃん離れろ! 霊力が高まっとる、近くに居るだけで危険じゃ!」

様子のおかしい荒凪を宥めるため、俺だけならミタマの助言を無視していただろう。しかし今は傍にアキ達が居る。俺はセイカとアキの胴に腕を回し、部屋の端まで素早く移動した。

《何だよ兄貴、どうしたんだ?》

困惑する二人を背中に隠し、荒凪を見つめる。

「ギュイィイイ……!」

イルカの鳴き声を数十倍おぞましくしたような、気色の悪い声。

「…………ニ……ン…………ブ……シ」

「さっちゃんも下がれ! 木っ端幽霊には荷が重いわ!」

叫びながらミタマは三本の尾を現し、尻尾でサキヒコを俺の方へ吹き飛ばした。小さな身体を受け止めた俺は目の前の怪物への恐怖のままに彼を抱き締めた、その腕は震えていて酷く不恰好だった。

「ミツキ……」

だが、その不格好さのおかげでサキヒコはミタマに加勢せず、脆弱な人間の俺を守ろうとその場に留まった。怪我の功名だ。

「俺達の弟……よくも弟をっ、よくも俺達を…………ころ、す。殺してやる殺してやる殺してやるっ、祟り殺す憑き殺す呪い殺すッッ! 全部全部全部ぜんぶぜんぶゼンブゥッ!」

地の底から響くような声は先程まで「みつき」「みつき」と、とてちて着いてきていた頃の荒凪とは全く違う。

「どこが人間の味方に出来そうな怪異じゃ! 思いっ切り敵ではないか!」

荒凪がミタマの頭に向かって右手を振るう。人間のままだ、人魚体のように爪が生えたりはしていない。ミタマはその右手を見つつ、姿勢を低くして空振りさせる──が、ミタマの首は荒凪の右手に捕まった。二本目の右手に。

「ガッ……く、ぅ……知らんと言うとったくせにっ、使いこなしておるではないか……悔しいが、ここで詰み……なわけなかろう、ワシは変幻自在の狐じゃぞ」

ミタマの首が太くなる、身体が大きく膨らむ。手を限界まで広げても掴んでいられなくなった荒凪の手は簡単に振りほどくことが出来、その勢いのままミタマは彼を蹴り飛ばした。

「参考文献、れーちゃんの元カレじゃ。強いのぉ~」

「ぃ……だ、い…………いたい、痛いぃ……」

「そ、そんなに強く蹴っとらんじゃろ! ちょっと落ち着かんか! 元の愛らしさに戻らんのなら干物にするぞ!」

ミタマ、荒凪のこと警戒していたくせに、愛らしいとも思ってたんだ。

「俺達だけでなく……俺達にまで…………僕達に、ひどいことしないで……僕達が、代わりになるからぁ……」

「……! コンちゃん、ちょっと待って。俺に試させて」

荒凪の様子がおかしい。先程サキヒコとミタマが霊力の波長がどうこうと言い出した時も、弟の話をした時だった。そこに彼の失った記憶の鍵が、そして彼の地雷が眠っている。そんな気がする。

「荒凪くん……」

弟の人魚が目の前で殺されでもして、それがトラウマになっているのか? 辛過ぎて封印した記憶の蓋がグラついているのか? 人間を憎む理由があるのか? 予測と疑問を綯い交ぜにしながら、彼氏達の静止を振り切り荒凪の元へ急ぐ。壁際で踞る彼の傍に膝をつく。

「荒凪くん大丈夫、ここには君を傷付けるような人間は居ない。信じて」

一つの右目と一つの瞳孔、一つの左目と三つの瞳孔が俺を睨む。顔を上げた彼を抱き締めようと腕を伸ばしたその時、ボタボタっと音を立てるほどの量の鼻血が床に垂れた。

(この血、わたくしの……!?)

視界が赤く染まる。口いっぱいに血の味が広がる。けれど俺は構わず荒凪を強く抱き締めた。

「だい、びょぶ」

口を開くとゴボゴボと生温い何かが溢れ、声が上手く言葉にならなかった。
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