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兄弟関門突破で再会

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俺は超絶美形だから人に顔を忘れられるはずがない、それは自惚れでしかなかった。

「知らないんすか? フタさん」

「…………?」

昨日よりも顔に貼ったガーゼが増えているフタは俺の顔をじっと見つめ、首を傾げた。

「そんなぁ! 俺です、サンさんのモデルです!」

「昨日車出してたじゃないすか、それの子じゃないんすか?」

フタはスマホを取り出して俺の顔と見比べながら何やら操作を続けた、数秒後俺を指差して──

「なるかみみつき!」

──と叫んだ。思い出してもらえたみたいだ。

「そ、そうです! 鳴雷です、よかったぁ……」

社員らしき男はフタのスマホを覗き込み、頷いた。何故スマホを見て思い出したのか気になったので俺も覗かせてもらうと、サンが描いた俺の似顔絵を撮った写真が開かれており、写真のキャプションに平仮名で俺の名前が記されていた。思い出してもらえた訳ではないのかもしれない。

「えっと……昨日はサンさんのところへ送ってくれてありがとうございました。お礼にお菓子を持ってきたんですけど、フタさんアレルギーとかありますか? 卵とか小麦粉とか使ってるんですけど、大丈夫ですかね」

「……大丈夫?」

「フタさんアレルギーないでしょ」

「大丈夫だってさ」

自分のアレルギーの有無も覚えていないのは大丈夫じゃないと思う。

「俺もうそろ休憩終わりなんで戻ってもいいっすか?」

「戻んなきゃやべぇじゃん」

応対をしてくれた社員らしき男がビル内に帰ってしまった、サンの話は切り出しやすくなったが彼抜きでフタと上手く話せるだろうか。

「じゃあ、これ……フィナンシェです。早めに食べてくださいね」

「くれんの? ありがと~」

ガーゼや絆創膏で分かりにくくはなっているが、にぱーっとした笑顔はサンに似ている気がした。

「うわうま。めっちゃ美味いこれ。なんだっけ、フィヨルド……?」

「フィナンシェです」

「それそれ。これ超美味いわ、ありがと」

「いえいえ……あの、サンさんのこと少し聞いてもいいですか?」

「サンちゃんの? なんで……あぁモデルなんだっけ? いいぜ、何?」

「えっと……」

何を聞こう、好きな男性のタイプは特にないと言っていたし、憧れのシチュエーションとか? そんなもの兄弟に話してないか。好きな食べ物とか? そんなの本人に聞けばいい、きっと教えてくれる。

「…………俺、サンさんが好きなんです」

言ってしまえ、俺の名前も覚えていなかったのだから明日にはこのことも忘れているだろう。

「本気で好きなんです、サンさんと付き合いたいんです。お兄さんのフタさんから何か、こう、アドバイスしていただきたいんですけど……」

「…………」

フタはフィナンシェを咥えたまま固まってしまった。まるでモルモットだ。

「俺の一方的な感情じゃないんです、サンさんも俺のこと結構……あの、フタさん? 聞いてます?」

「……ぁ、おぉ、聞いてる聞いてる。えー、サンちゃんが好きなのね。サンちゃんは知ってんの?」

「伝えました。好感触です」

「じゃあ俺関係なくなぁい?」

フタは俺が男であることも未成年であることも気にしていない様子だ。第一関門突破だな。

「まぁ……でも、サンさんのお兄さんなんですから、伝えておいた方がいいかなぁと……あと何かアドバイス欲しいです」

「アドバイスねぇ…………ぁ、サンちゃんさぁ、ひとり好きなんだけど寂しがり屋なんだよね」

「なるほど……」

「それと、ぁー……珍しい絵の具買うのに車で他県行かせたりするんだけど、風邪引いた時とかなーんも言わなかったりするんだよねー。基本ワガママで自己中だけど変なとこ我慢するからぁ、その辺ちゃんと見たげられるヤツじゃないとダメだなぁー…………今のめっちゃ兄貴っぽくね!? あっはぁ俺兄貴! ははっ!」

サンを攻略する上で役に立つ情報ではなかったが、サンと付き合っていく上では重要で大切な情報が手に入った。

「ありがとうございます! 俺、サンさんのことずーっと見てるくらいの勢いでいくつもりなんで、その辺は安心してください。じゃあ今からサンさんのとこ行ってきます、ありがとうございました!」

「おー、なんかめっちゃ感謝された……しかしサンちゃんに恋人ねぇ……弟の成長を感じる~」

昨日車の窓から眺めた景色を思い出しながら走り、サンの家に辿り着いた。息を整え、髪を整え、咳払いをしてインターホンを鳴らした。

「…………」

出てこない。返事すらない。俺はもう一度インターホンを鳴らした。しかしやはり物音一つ返ってこない。留守なのだろうか。

(えぇ~、こんだけ覚悟決めて告白文とかも色々考えてきましたのに……留守ぅ? そんなことあっていいんですか)

サンに灯りは必要ないので窓を確認しても無駄、電気やガスを使っていなければメーターの確認も無意味、耳をそばだてたって何も聞こえな──聞こえた、ガチャリと鍵が回る音だ。

「…………水月なの?」

「サン! 昨日ぶり!」

扉に耳を当てていた俺は慌てて後ずさり、満面の笑みを作った。しかし俺の顔に触れていないサンには俺の表情は伝わっていない。

「はぁ……とりあえず上がって。鍵忘れないでね」

呆れたようにため息をつきながらもサンは俺を家に上げてくれた、後ろ手に鍵をかけながら靴を脱いでサンの後を追う。昨日はアトリエと廊下しか見れなかったけれど、今日はリビングに通された。ふかふかのソファは上等そうだ。

「ボクは通販は頼まないから来るのは兄貴だけでね、兄貴達なら事前に連絡があるし合鍵持ってるからインターホンなんて鳴らさないんだよ。だから基本居留守」

「そ、そうだったんだ……なんで出てくれたの?」

「あんまり居座るからフタ兄貴に連絡したんだよ、家にしつこい何かが来てるから追っ払いに来てって。そしたら兄貴「サンちゃんのダーリンが行ったからそれじゃね?」って」

フタのモノマネの精度が高い、流石兄弟だ。

「……えっ、ダーリンで俺って分かったの? うわ、なんか嬉しい……!」

「まぁアンタくらいしか居ないからね……っていうか何、なんでフタ兄貴がそんなこと……」

「ぁ、俺が……その、サンが好きなんだけどどうやったら口説けるかなーってフタさんに相談を……」

「はぁ? はぁ……もう、本っ当に……ガキだね。真っ直ぐだし暴走するし……フタ兄貴でよかったよ、ヒト兄貴だった何言われてたか」

「あの人ちょっと怖いから……あっ、あのさ、お菓子持ってきたんだ。フィナンシェ、食べる? アレルギーとかない? 卵とか小麦粉とか入ってるんだけど」

「目以外に厄介な体質はないよ、食べ物の好き嫌いさえもね」

からかうように笑ったサンの手にフィナンシェを包んだ袋を置いた。サンはビニール袋越しにフィナンシェの形を確かめ、結び目を探り当ててほどき、一つ口に放り込んだ。

「おいし……普段は、んむ……他人にもらったもの食べないんだよ。はむっ、ん……おいひ……何入ってるか、分かったもんじゃ……んっ、ないからね。おいしい」

警戒心の欠片もない食べっぷりだ。

「だからこれは、ぁむ……アンタへの信頼の現れ、んっ、おいし……だと思ってくれて、マジでうまい……いいよ、おいしいよ」

「う、うん……」

とても嬉しいことのはずなのに食べっぷりが良過ぎて情報が全く頭に入ってこない。
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