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スカウト

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髪を洗って身体を洗って、髪を乾かして服を着て、保湿に勤しむカミアを置いて俺は脱衣所を後にした。ソファの掃除のためだ。

「乾いちゃってるな……ゴム付けさせるべきだった」

保湿などを終えたカミアが戻ってきても掃除は終わらず、申し訳なさそうに照れくさそうに何をすればいいか尋ねる彼に俺は笑顔を返した。

「大丈夫、一人でやるよ。範囲狭いし一人のがやりやすいからさ」

「そぉ……?」

精液の跡を完璧に消し去り、消臭剤を振りまいて換気をし、次からは行為に及ぶ前に汚れ対策をしようと約束した。

「疲れてない? マッサージしようか」

「ありがとう、じゃあお言葉に甘えて」

俺の後ろに座ったカミアはトントンと俺の肩を叩く。その力は弱すぎてまるでままごとだ、マッサージ効果があるとは思えない。

「カミアにマッサージしてもらったって言ったらハル卒倒するんだろうな」

「ハルくん? 僕のこと好きな子だよね☆」

「そうそう、髪の長い子」

今まではハルだけが長髪だったが、サンを彼氏に出来れば彼が一番の長髪になる。ハルと違ってヘアスタイルに頓着がないようだし、三つ編みなんかをさせてもらえるかもしれない。髪で遊ぶイチャつき方も一回くらいは体験しておきたいのだ。

「僕、もっといっぱい時間作ってみぃくんの彼氏達と友達になりたいんだ。お兄ちゃんとお父さんとメッセージのやり取りが出来るからマシにはなったんだけど、やっぱり寂しくて……友達たくさん欲しいんだ」

カミアは肩を叩くのをやめ、俺に覆い被さった。

「人肌恋しいのってね、一回温められたり……温かいものがどこにあるか知ってたりすると、悪化することもあるみたい。前までは恋人も友達も家族もないようなものだったから、仕方ないやって諦めてたけど……今は、あるから……もっと欲しくて」

「……俺でよければいつでも呼んでくれ」

「みぃくんに付き人になって欲しいなぁ」

「何年かかるかな……」

「ふふっ、冗談だよ冗談。話戻すね、えっと、そう、友達になりたいんだよ。ハルくんって友達になりやすいかな? 逆になりにくいのかな?」

推しとお近付きになりたいタイプのアイドルオタクには見えなかった。

「ハルは弁えてるタイプのオタクっぽいからなぁ……っていうか生カミアは刺激が強過ぎるっぽいし」

「そうなんだよね、そもそもお話出来ないんだよ」

「カミアのことあんまり知らない子の方が早く友達になれるんじゃないか? リュウとかオススメだぞ」

「僕のこと好きになってくれたの嬉しいから、仲良くしたいんだよ……」

この言葉をハルに聞かせてやったら失神するだろうな。

「まずはメッセージでどうだ? みんなたまにグルチャで他愛ない話してるからそれに参加するとか……グルチャから個チャに飛べたよな、ハル一点狙いならそっちでもいいし」

「そうだね、まずはメッセージからってのもありだよね」

俺には三次元の推しは居ないので想像もつかないが、大きな本棚が埋まるほどグッズを集めて推しているアイドルから仲良くなりたいと思われたら、どんな気分になるのだろう。

「ハル、きっと喜ぶよ」

喜ぶのは間違いない、嬉しいはずだ。けれどまともなリアクションは取れないだろう。

「一回友達と遊んでみたかったんだよね、普通の高校生みたいにさ。ゲームセンターで騒いだり、カフェの新作一緒に飲んだりさぁ」

「俺達あんまりそういうのしないな……」

「えっ、高校生なのに? そうなんだ……なんか、残念……」

「まぁまぁ、ゲーセン好きなヤツは居ると思うし、カフェとかはハルが好きだと思うし、集まった時に遊ぶとこがそこじゃないってだけでカミアがそういう遊びしたいなら一緒に楽しんでくれる子も居るよ」

俺はゲーセンもカフェもあまり好きではないが。

「そうかなぁ……ん?」

インターホンが鳴っている。玄関へ向かったカミアは覗き窓を見ると急いで扉を開けた。

「お、お母さん……? なんで、今日は忙しいんじゃ」

「アンタがやらかしたから切り上げてきたの! で? 例の子はまだ居るの?」

ヒールを脱ぎ捨ててつかつかとリビングにやってきた女性は俺を見ると怒り顔を営業スマイルらしき表情に変えた。

「こんにちは」

「こ、こんにちは……」

「はじめまして、カミアの母兼マネージャーの小六ころくです」

「あっ、どうも、鳴雷です……」

名刺を渡された。まだ高校生なのにこれで二枚目だな。

「鳴雷さん、確認なのですが所属事務所等はございますか?」

「へっ? ぁ、いえ、俺、普通の高校生です」

「みぃくん……み、水月くんは僕の個人的な友達だよっ。作ったご飯捨てるのどうしても嫌で、僕が呼んだの……ごめんなさいお母さん」

「少し黙ってて。芸能関係のお仕事はされていないということですね?」

「は、はい……本屋のバイトしかしてません」

「保護者様の業種は?」

「母さんは、えっと……会社員、ゃ、専務って役員って言うんでしたっけ。ぁ、業種? 業種って……あっ、製薬です! 製薬会社に勤めてます、母は。父は居ません」

「親族の方に芸能関係のお仕事をされている方は?」

「生まれる前から親戚付き合いは完全に切れてしまっていて、分かりません……すいません」

「……はい、ありがとうございます。矢継ぎ早に聞いてしまい申し訳ございませんでした」

まだまだガキの俺には返答が難しい内容の質問攻めだったが、何とかクリアしたようだ。胸を撫で下ろす俺の対面でカミアの母も何故か安堵している様子だ。

「ひとまず、他の事務所と揉めることはなさそうね……ギリギリセーフよ、カミア」

なるほど、それが安堵の理由か。

「……鳴雷さん、芸能関係のお仕事に興味はありませんか? あなたには光るものを感じます、アイドル俳優タレント歌手……どれでもスターになれるでしょう。是非うちの事務所に来ていただきたいのですが」

「…………俺今スカウト的なことされてます?」

「的な、ではなくスカウトです」

「えっ、ぁ……ゃ、俺……そういうのには興味なくて」

「そんな勿体ない! あっ、いえ……失礼しました。いつでも歓迎致しますので、気が変わりましたら名刺に記載してある電話番号に連絡か……カミアに言っていただいても構いません」

母親に両肩を掴まれたカミアはビクッと身体を跳ねさせた。

「はぁ……まぁ……検討は、します」

検討すらするつもりはないけれど、言うだけ言っておこう。

「ありがとうございます! カミア、しっっかり誘うのよ、いい?」

「う、うん……」

現在活躍しているどの俳優どのモデルよりも美しいルックスを持っている自覚はあるが、二桁の恋人なんて週刊誌が喜びそうなネタを引っ提げて芸能界入りするなんてありえない。
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