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善行の否定
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火曜日の朝、あくびをお供に家を出る。
「行ってらっしゃいです、にーに。注意する、するです」
「気を付けてねーとか言いたい感じか? ありがとうな、行ってきます」
眠い。昨日眠れなかった。アキと楽しんだ訳じゃない、むしろアキの誘いを断って寝ようとした。眠れなかった。
「…………ありえない」
おかしな妄想に取り憑かれたまま登校し、彼氏達に心配された。
「みっつん顔色悪いよ~?」
「ヒビてそない痛いんか?」
「折れた方がマシな時もありますよ。痛みも治りの速さも」
「…………みぃくん」
彼氏達も担任もクラスメイトも、肋骨のヒビが原因だろうと決め付けて心配してくれた。確かに痛みはあるけれど、不眠と落ち込みの理由は別にある。
(この誰にも相談出来ない感じ、懐かしいですな)
中学時代の記憶なんて全て消し去ってしまいたいのに、泥の味がする初恋と虐められた恐怖がこびりついて取れない。
「やぁ、来てくれたね。嬉しいよ」
「……まぁ仕事ですからね」
昼休みの選挙活動の見回り中、ネザメは演説を中断して俺に寄ってきた。
「服装、場所、活動内容、全て問題ありません。それでは……」
「待って、そんなに急がなくてもいいだろう? 元気がないみたいだけれど、何かあったのかい?」
「……ちょっと今骨にヒビが入ってまして、それが痛くて睡眠の質と時間が取れなくて」
「おや……それは可哀想に」
「すいません、今日はもう失礼します」
好感度稼ぎだとか口説き文句を考えられる精神状態じゃない。今は彼氏達ともあまり話したくない。超絶美形の水月様で居たいのに、いじめられっ子のキモオタになってしまっているから──
「……っ!?」
──ちゅ、と頬にネザメの唇が触れた。彼の演説を聞きに来ていた者達の目の前で行われた頬へのキスは彼らを騒がせるには十分過ぎた。
「よく眠れるおまじないだよ。またね、鳴雷くん」
「……は、はい。また明日」
ネザメは突然不眠症を告白し始めた集団の前に戻り、演説を再開した。一体あの中の何人が彼の話を真面目に聞いているのだろうか。
今日は何も楽しめなかった。俺の元気のなさを心配してくれた彼氏達に申し訳ない。
「今日は一人で帰るん? 大丈夫かいな、送ったろか?」
「いいよ、平気。シュカの手伝いしてやってくれ。とにかく帰って寝たいんだ……今日はごめんな、ろくに何も出来なくて。ほんとにごめん」
「……アホ! なんでしんどいもんが謝んねん。しんどいんやったら何も出来んくてもしゃーないやろが。もっと俺ら頼りぃや。ほんまに送らんでええんやな?」
「…………ありがとう。うん、大丈夫、ちょっと眠いだけで本当に何ともないから。ありがとうな、また明日」
学校の最寄り駅に着いてから俺はようやく今日は誰かの家に泊まる約束を取り付けなければならなかったことを思い出した。
「あぁクソ……俺のバカ、どうしよう……アキの寝床でもあるのに……」
今から彼氏達に連絡して泊めてもらうしかないなと思いつつも、スマホを持つ気になれないまま電車に乗った。
電車に揺られた先は家の最寄り駅ではなく、あの総合病院の最寄り駅だ。おかしな妄想を否定するため、俺は見舞い人のフリをした。
とても大きな病院だからか俺は超絶美形なのに人命救助をした少年だと知れ渡っておらず、何事もなく受付を通って四階に行くことが出来た。
(病院ってどこもかしこも真っ白で道分かんなくなるんですよな~)
若干迷いつつ、俺が命を救った自殺志願者の怪我人の部屋に着いた。四人部屋のようだが一人しか入っていないその部屋の入口の脇には表札がある。
「…………嘘だ」
表札に書かれた名前は『狭雲 星火』一つだけだった。ありえない妄想が、おかしな妄想が、当たってしまった。土曜日にこの病院で自殺を試みた男は、手足を片方ずつ失った男は、昔俺を虐めていた狭雲だったのだ。
「はぁ……」
病室の前で思わずため息をつく。
事故の影響で記憶が混濁していると聞いたが、昨日気さくに話しかけてきたのは俺を虐めていたのを忘れていたからだろうか。俺の地獄を忘れただなんて許せない、今更あの楽しい記憶を俺の底から引っ張り出して苦しませるなんて許せない──待てよ? どうして狭雲は俺が鳴雷 水月だと分かったんだ? アイツは太っていた頃の俺しか知らないはずだ。
「…………狭雲」
一つ謎が解けたと思ったらまた謎が現れた。
俺は過去に決着を付けて現在の美少年天国を謳歌するため、意を決して病室に入った。相変わらずベッドに拘束されている狭雲は俺がベッドの脇に立つと目を開いた。
(あぁ……このジト目、よく見れば確かに。どうして気付かなかったんでしょう)
狭雲 星火、俺が生まれて初めて恋をした人。
「セイカ様……」
一年生の体育祭の日辺りだったか、彼は豹変した。キモオタデブスで虐められやすかった俺が虐められないよう常に傍に居てくれた優しい人だったのに、突然俺に暴力を振るうようになった。次第に他のヤツらも混ざってどんどん悪化していった。
イジメっ子として断罪されたのは狭雲だけだったけれど、初恋だったのと豹変に困惑し続けたこともあって、俺は狭雲の周りのヤツらの方が嫌いだったし憎かった。ヤツらには明確な恨みを持てた。でも狭雲に向ける感情は三年間決まらなかった。
虐められた恐怖や痛みを思い出すことはあったが、狭雲との楽しかった日々を思い出すことなんて最近はなかった。過去は脂肪と共に捨てた気でいた。
学校で虐められて家に帰った後は、よく狭雲との楽しかった日々を思い返して泣いていた。数ヶ月の思い出に縋る情けない俺には戻りたくない、キモオタデブスに友人なんて高望みだったのだと諦めた惨めな俺には戻りたくない、なのに狭雲があの時みたいに話しかけてきたから戻ってしまいそうだ。
記憶の底で悪者としてじっとしていて欲しかった。
「…………助けなきゃよかったな」
飛び降りる彼に向かって走った自分の正しさと高潔さを自ら傷付けた。
「行ってらっしゃいです、にーに。注意する、するです」
「気を付けてねーとか言いたい感じか? ありがとうな、行ってきます」
眠い。昨日眠れなかった。アキと楽しんだ訳じゃない、むしろアキの誘いを断って寝ようとした。眠れなかった。
「…………ありえない」
おかしな妄想に取り憑かれたまま登校し、彼氏達に心配された。
「みっつん顔色悪いよ~?」
「ヒビてそない痛いんか?」
「折れた方がマシな時もありますよ。痛みも治りの速さも」
「…………みぃくん」
彼氏達も担任もクラスメイトも、肋骨のヒビが原因だろうと決め付けて心配してくれた。確かに痛みはあるけれど、不眠と落ち込みの理由は別にある。
(この誰にも相談出来ない感じ、懐かしいですな)
中学時代の記憶なんて全て消し去ってしまいたいのに、泥の味がする初恋と虐められた恐怖がこびりついて取れない。
「やぁ、来てくれたね。嬉しいよ」
「……まぁ仕事ですからね」
昼休みの選挙活動の見回り中、ネザメは演説を中断して俺に寄ってきた。
「服装、場所、活動内容、全て問題ありません。それでは……」
「待って、そんなに急がなくてもいいだろう? 元気がないみたいだけれど、何かあったのかい?」
「……ちょっと今骨にヒビが入ってまして、それが痛くて睡眠の質と時間が取れなくて」
「おや……それは可哀想に」
「すいません、今日はもう失礼します」
好感度稼ぎだとか口説き文句を考えられる精神状態じゃない。今は彼氏達ともあまり話したくない。超絶美形の水月様で居たいのに、いじめられっ子のキモオタになってしまっているから──
「……っ!?」
──ちゅ、と頬にネザメの唇が触れた。彼の演説を聞きに来ていた者達の目の前で行われた頬へのキスは彼らを騒がせるには十分過ぎた。
「よく眠れるおまじないだよ。またね、鳴雷くん」
「……は、はい。また明日」
ネザメは突然不眠症を告白し始めた集団の前に戻り、演説を再開した。一体あの中の何人が彼の話を真面目に聞いているのだろうか。
今日は何も楽しめなかった。俺の元気のなさを心配してくれた彼氏達に申し訳ない。
「今日は一人で帰るん? 大丈夫かいな、送ったろか?」
「いいよ、平気。シュカの手伝いしてやってくれ。とにかく帰って寝たいんだ……今日はごめんな、ろくに何も出来なくて。ほんとにごめん」
「……アホ! なんでしんどいもんが謝んねん。しんどいんやったら何も出来んくてもしゃーないやろが。もっと俺ら頼りぃや。ほんまに送らんでええんやな?」
「…………ありがとう。うん、大丈夫、ちょっと眠いだけで本当に何ともないから。ありがとうな、また明日」
学校の最寄り駅に着いてから俺はようやく今日は誰かの家に泊まる約束を取り付けなければならなかったことを思い出した。
「あぁクソ……俺のバカ、どうしよう……アキの寝床でもあるのに……」
今から彼氏達に連絡して泊めてもらうしかないなと思いつつも、スマホを持つ気になれないまま電車に乗った。
電車に揺られた先は家の最寄り駅ではなく、あの総合病院の最寄り駅だ。おかしな妄想を否定するため、俺は見舞い人のフリをした。
とても大きな病院だからか俺は超絶美形なのに人命救助をした少年だと知れ渡っておらず、何事もなく受付を通って四階に行くことが出来た。
(病院ってどこもかしこも真っ白で道分かんなくなるんですよな~)
若干迷いつつ、俺が命を救った自殺志願者の怪我人の部屋に着いた。四人部屋のようだが一人しか入っていないその部屋の入口の脇には表札がある。
「…………嘘だ」
表札に書かれた名前は『狭雲 星火』一つだけだった。ありえない妄想が、おかしな妄想が、当たってしまった。土曜日にこの病院で自殺を試みた男は、手足を片方ずつ失った男は、昔俺を虐めていた狭雲だったのだ。
「はぁ……」
病室の前で思わずため息をつく。
事故の影響で記憶が混濁していると聞いたが、昨日気さくに話しかけてきたのは俺を虐めていたのを忘れていたからだろうか。俺の地獄を忘れただなんて許せない、今更あの楽しい記憶を俺の底から引っ張り出して苦しませるなんて許せない──待てよ? どうして狭雲は俺が鳴雷 水月だと分かったんだ? アイツは太っていた頃の俺しか知らないはずだ。
「…………狭雲」
一つ謎が解けたと思ったらまた謎が現れた。
俺は過去に決着を付けて現在の美少年天国を謳歌するため、意を決して病室に入った。相変わらずベッドに拘束されている狭雲は俺がベッドの脇に立つと目を開いた。
(あぁ……このジト目、よく見れば確かに。どうして気付かなかったんでしょう)
狭雲 星火、俺が生まれて初めて恋をした人。
「セイカ様……」
一年生の体育祭の日辺りだったか、彼は豹変した。キモオタデブスで虐められやすかった俺が虐められないよう常に傍に居てくれた優しい人だったのに、突然俺に暴力を振るうようになった。次第に他のヤツらも混ざってどんどん悪化していった。
イジメっ子として断罪されたのは狭雲だけだったけれど、初恋だったのと豹変に困惑し続けたこともあって、俺は狭雲の周りのヤツらの方が嫌いだったし憎かった。ヤツらには明確な恨みを持てた。でも狭雲に向ける感情は三年間決まらなかった。
虐められた恐怖や痛みを思い出すことはあったが、狭雲との楽しかった日々を思い出すことなんて最近はなかった。過去は脂肪と共に捨てた気でいた。
学校で虐められて家に帰った後は、よく狭雲との楽しかった日々を思い返して泣いていた。数ヶ月の思い出に縋る情けない俺には戻りたくない、キモオタデブスに友人なんて高望みだったのだと諦めた惨めな俺には戻りたくない、なのに狭雲があの時みたいに話しかけてきたから戻ってしまいそうだ。
記憶の底で悪者としてじっとしていて欲しかった。
「…………助けなきゃよかったな」
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