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グッズと記憶を掘り返す

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唇に触れた柔らかいもの、それが何なのかは目を閉じていても分かりきっている。ほとんど同じ身長の俺と紅葉のキスは楽なもので、数秒唇を触れ合わせると紅葉が半歩離れた。

「…………紅葉先輩」

「ネザメでいいよ」

「……ネザメさん」

名前を呼ぶと紅葉……改めネザメは柔らかく微笑んだ。恋愛的な好意を持たれているのは確実だ、だが腹の底が読めない。どういうつもりのキスなのか分からない。

(ヤってからが本番タイプでは……!? くぬぅ、ハーレム主のわたくしが手玉に取られる訳にはいきませんぞ!)

ネザメの視線が下に向かう。誰と何度身体を重ねても童貞臭いままの俺はキスだけで勃起してしまっていた、それに気付かれたのだ。

「あっ……いや、あの」

何を言えばいいか分からず、混乱して視線を逸らす。ネザメはまた半歩距離を詰めて俺の腰と頬に触れ、微笑む。

「大丈夫、可愛いよ」

「……ネザメさん」

「今度ゆっくり二人きりで会おう。今日のところはひとまず自分で慰めてくれるかな? ごめんね」

「い、いえ……あの、いつ」

「秘密」

自身の人差し指を口に当てて微笑むと、ネザメは「またね」と言って去っていってしまった。既に手玉に取られているような気がする。

「……まぁ、付き合えそうだし……いいか」

トイレ行こ。



トイレで一発抜いてから彼氏達と合流し、シュカがタスキやポスターなどを片付けるのを校門の脇で待っていると、下校していくネザメと目が合った。

「鳴雷くん、また明日」

「あ……はい! お気を付けて、先輩」

ネザメの陰に隠れて見えなかったが、年積が隣に居たようだ。彼は俺をキッと睨みつけ、ネザメの腕を抱いた。

「ネザメ様、雑に愛想を振りまいてはいけませんと何度もお話したでしょう」

「対人関係の基本は笑顔だよ。ミフユも笑った方が可愛いんだからもっとみんなに見せてあげた方がいい」

「かわっ……!? もぉ!」

年積とネザメは既にそういう仲なのだろうか。ネザメは二股をかけようとしているのか?

「片付け終わったので帰りましょう。紅葉さんと知り合えたんですか? やりましたね、口説けそうですか?」

「あ、あぁ……帰ろう。うん、見回りの時にちょっと話して」

「運命的な出会いは演出出来ましたか?」

どうせ出来なかったんだろうとでも言っているような笑顔だ。実際何も出来なかったので目を逸らすと、シュカはくすくすと笑い出した。



彼氏達との楽しい下校を終えて本屋へ。肋骨のヒビとその理由について話すと店長は俺を褒め、一週間分の有給を使わせてくれた。

(あの人割と道楽で本屋やってそうな感じしますよな~)

アキと二人きりの時間が取れるぞとウキウキで帰宅、アキへの愛を心の中で叫びながら入室、逆立ちをしたアキに手を振ってもらえた。

「ア、アキ……? 何してたんだ?」

頭を上に戻したアキはにっこりと微笑んで筋トレだと拙い日本語で教えてくれた。汗ばんだ肌に触れ、唇を重ねる。

「ん……ふふ、着替えてくるから待っててくれ」

脱衣所で着替えて戻るとアキは逆立ちを再開していた。どうやら腕立て伏せの要領で腕を鍛えているらしい、爪先までピンと伸びているから体幹も鍛えられていそうだ。

(逆立ちってこんなブレないもんなんですか?)

俺に手を振ったあの瞬間は片手で逆立ちしてたんだよな……と思い返しつつクッションに腰を下ろすと、アキはトレーニングをやめて俺に抱きついてきた。猫が甘えるように全身を擦り寄せ、にーにと可愛い声で呼んでくれる。

「よしよし、可愛いなぁアキは」

「にーに、にーにぃ……にーに、ぼく汗かくするです」

「いいよ、アキの汗なら舐めたい」

しっとりと湿った首筋に舌を這わせるとアキの手が服の中に潜り込んだ。

《運動した後ってムラムラするんだよなぁ……な、兄貴、今日こそヤろうぜ。もっとがっついてこいよ》

骨盤の形を探るような手つきに興奮し、俺もアキの服の中に手を入れた。陰茎を狙ったその瞬間、玄関から物音がした。

「……っ!? アキ、ごめん」

「…………残念、です」

部屋から顔を出すと母と義母の姿が玄関にあった。呼びつけられ、荷物を運ばされ、半端に勃った陰茎を指摘された。

「今日は随分お帰りが早いではないですか! もっとアキきゅんとイチャコラするはずでしたのに……! そりゃ愚息も半勃ちになりますがな!」

「アンタバイトは?」

「肋骨やべぇので休まされましたぞ」

「あぁそう……ま、アンタのバイト事情はどうでもいいのよ。明日から家リフォームするから、アキ連れて彼氏の家に泊めてもらいなさい」

どうしていつもいつも重要なことを前日に話すんだ。

「そんな急に……! リフォームってアキきゅんの部屋作るヤツですよな? もうしなくていいでそ、アキきゅんわたくしの部屋で楽しそうにしてまっそ」

「注文しちゃったんだからしょうがないじゃない。別にいいのよ、ドガガガうるさい中、業者さんとすれ違いまくる生活したいならそれでも」

したくない。

「彼氏あんだけ居ればどうにかなるとは思うけど、ダメそうなら連絡してね。ホテル取ったげるから」

「普通最初からそうしません?」

「あとアンタが庭に埋めたオタグッズ今日中にどうにかしないとコンクリの材料になるわよ」

「ファッ!? 掘り返しまそ!」

どうして前日に話すんだ! と再び憤りながら庭に飛び出し、以前埋めた際に使ったまま放置していたシャベルを持つ。

「にーにー……?」

庭まで俺を追いかけてきたアキは不思議そうな声で俺を呼んだ。

「暗い……アキ、懐中電灯持ってきてくれないか? えっとな……ユノに、懐中電灯、って言うする、して欲しい」

「かちゅ、でーと……かーちゅ、でんと……」

アキは忘れないようになのか呟きながら室内へ戻った。母にちゃんと伝わるだろうかという俺の心配は杞憂に終わり、アキは持ってきた大きな懐中電灯で俺の手元を照らしてくれた。

「ありがとうな、アキ」

災害時用に母が購入した手回しで発電も可能な懐中電灯はとても明るく、アキはサングラスの下で目を閉じていた。申し訳なさと同時に萌えを覚え、土を掘る速度が自然と上がった。

「……おっ、あった」

カツンとシャベルがぶつかったのはお菓子の缶。クッキーなどの空き缶にオタグッズを詰めたのだ。

「どこに置こうかなぁこれ、リフォームついでに物置……欲を言えば隠し部屋作って欲しいな」

ひとまずウッドデッキの真ん中の方に置いて保護しておこう。

「よっ……と。重いし多いし……俺よくこの量埋めたなぁ。あ、手伝ってくれるのか? ありがとうなアキ」

アキがひょいっと持ち上げた缶をウッドデッキの上で受け取り、その意外な重さにバランスを崩す。

「だ、大丈夫大丈夫」

何とか中身をぶちまけずに済んだ。アキの余裕そうな顔と軽そうな動きに騙され……何で片手で三個も持てるんです?

「ホントありがとうアキ、お兄ちゃん兄のプライドがズタズタかも」

全体の七割くらいをアキに運ばせてしまった。缶についた土を払い、一つ開けてみる。

「ラバスト、ポスター……コースター……お、自作フィギュアだ。懐かしい、最初に作ったヤツだよこれ、下手だなぁ」

「……?」

箱の中身を覗いているアキは首を傾げている。

「ア、アキ! 今日はご飯の前にお風呂入ろう、土まみれだし……ユノ、お風呂、入る、言うする、頼む」

「да!」

アキにオタクだとバレなかっただろうか、迂闊過ぎる自分を責めつつ二つ目の缶を開ける。

「ん? これ……確か描き下ろしイラストカードですな。ふほほっ、尊い。レア物でそ~」

好きなBL作品のグッズを見つけてブヒブヒ言っていたが、これを手に入れた時のことを思い出すと心が曇った。

「……レジでセリフ言うともらえるヤツでしたな、これ。二人で言わなきゃいけなくて……わたくし、リアルにオタ友居なくて…………確か」

その時は仲良くしてくれていた、後に俺を苛烈に虐めた男とアニメショップに行ったんだったかな。

「…………グッズに罪はないのですが、見たくないですな」

深いため息をついて缶の蓋を閉め、立ち上がる。風呂に向かう俺の頭の中では当時の思い出が蘇っていた。

(そういえば痩せたら告白するとか言いましたな。虐めた相手がこーんな超絶美形になったと知ったらあの方どういう反応を……ん?)

俺を虐めていた時のではない、俺と仲良くしてくれていた時期の優しい声が脳内で再生されてしまう。

(……最近、どこかで聞いたような)

バクバクと心臓が騒ぎ出す。肋骨のヒビに響いて痛い。それともこの胸の痛みは──

「にーにっ、おんせんするです、はやくするです」

「……っ、あ、あぁ……今行くよ」

ありえない妄想を始めた思考を無理矢理止め、アキの裸体に興奮することで自分を誤魔化した。
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