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ヴァネッサは首を静かに横に振った。


「わたしに帰る場所はないの。かつて一緒に暮らしていたあの男とは、縁を切ったから」


少し間を置いて、ヴァネッサは深く頭を下げた。


「この前会った時、あなたは全部知っていたのよね? たくさん辛い思いをさせてしまいました。あなたにお金を返すつもりだし、本当に今まで……ごめんなさい」


コルテオは号泣しつつも驚いた顔をして、ヴァネッサを見た。


「……200フラン渡したじゃないか」


「あれはそのまま、あなたの家のポストに入れたの」


「……どうしてそんなことを?」


ヴァネッサもコルテオの涙を見ていると、激しい感情の波が襲ってきた。


「あなたの元気がなくて心配だったし、それに……もうお金の関係は嫌だったから。わたしにとって、あなたはかけがえのない人なのよ。やっと気づいたの。ごめんね……わたしみたいな女が言っても信じてもらえないかもしれないけど……」


「おいらは……もうだめだよ。絵を描き続ける自信がないんだ。今度の展覧会だって、どうせ落ちるに決まってる。もしかしたら審査会場に行くまでの間にどっかのゴミ箱に捨てられたかもしれない。ベランジェール様の支援だっていつまで続くかわからないし。おいらの将来は、皿洗いか乞食だよ」


「ベランジェール様はあなたの才能を高く買っていらっしゃるわよ。きっと大丈夫! それに、ベランジェール様の支援がなくなっても、わたしがずっとあなたを支えるわ」


「それってもしかして……」コルテオは顔をしっかり上げて、ヴァネッサを正面から見た。


「おいらと、結婚してくれるのかい? 一緒に暮らしてくれるのかい?」


ヴァネッサは目を真っ赤に、強くうなずいた。


「こんなわたしでよかったら」


コルテオはヴァネッサを抱き寄せた。幅広い陽の光が彼の心に流れ込み、すべてを浄化した。無限回も見惚れたことのある彼女の甘いくちびるがしっとり濡れていた。

二人はキスを交わした。互いの葛藤はドーブル橋の下を吹き抜けて、大空に消えた。絡み合った舌はすぐに熱情を帯びた。二人の姿を屈折させるように映じてきた氷の結晶は、またたく間に溶けた――。



   ***



さて、ベランジェール伯爵夫人はといえば、ヴァネッサと同じタイミングでドーブル橋に到着していた。「せっかくドーブル橋に来たんだから!」と張り切ったベランジェールは、コルテオたちに干渉することなく、芸術にふさわしい画角を探していた。

しかし二人がキスした瞬間、ベランジェールはすぐさまセバスチャンに命じて、スケッチを描かせた。芸術狂たるベランジェールらしいサイコパスな指示である。ベランジェールに日傘を差していたセバスチャンも(え! 今ですか!?)と心の中で思ったが、さすがに慣れたもので、手持ちカバンからペンとスケッチブックを取り出すと、ささっと仕事を終わらせた。

三日後、ベランジェールは驚きの知らせを受け取る。
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