4 / 27
4
しおりを挟む
ベランジェールも人並みにはファッションに興味があるのだが、モデルとしてヴァネッサの名前を聞いたことがなかった。あとで調べてみるかと思いつつ、いったんコルテオの行動を受け入れることにした。支援金の大半がモデル代に使われていたという事実は不本意だが、用途に制限を設けていたわけでもないので、気持ちを切り替えた。大事なのはこれからである。
ちなみにベランジェールは、若い男が持つ”男としてのプライド”が嫌いじゃなかった。やはりそれぐらいの気概がなくては、生命力溢れた芸術を作り上げることなどできないとまで思っている。破滅的性愛もまた、筆を走らせ色を奏でる推進力なのである。
加えて……コルテオに毎月与えている100フランというのは正直なところ、伯爵夫人であるベランジェ―ルにとってランチ一回分くらいの値段だった。
「コルテオ……あなたそういえば、画材はあるんでしょうね? キャンバス・鉛筆・筆・絵具・画用液とか……必要なものがなければいい作品はできないわよ」
「申し訳ございません……。ほとんど古くなるか、なくなっておりまして……余っている画材を組み合わせてしのいでいる次第です。イメージに合う絵具がないときもあります……」
ベランジェ―ルはため息をついた。成長する若者に必要なのはまずもって金銭だが、それがあれば十分なわけではない。金銭を出すだけで支援した気になるパトロンが多い一方で、ベランジェールはお金の向こう側にも注意を払っていた。セバスチャンには芸術家たちの日々の”見守り”を命じていたし、自身でも彼らのアトリエに訪れていた。立派に巣立たせるのが彼女の最大の趣味である以上、当然の気配りでもあった。
「事情は理解したわ。正直に話してくれてありがとう。毎月の100フランに加えて、もう100フランを今月から一年間だけ渡すようにするわ。次の一年も200フランを渡すかどうかは……あなたの頑張りしだいよ。ヴァネッサにはモデル代として90フランを支払ってもいいから、残りの110フランで生活を立て直しなさい。あと、皿洗いはやめて、芸術の勉強と創作に励んでね。わかった? 次の王国展覧会、期待してるんだからね」
ベランジェールの思いがけない提案を聞き、コルテオは今までのストレスや心配がすべてなくなったかのように、ほっと表情を緩めた。すぐに床に伏して感謝した。目には涙が浮かんでいた。自分を信じてくれていることも嬉しかった。
「ベランジェール様、ありがとうございます! この御恩は決して忘れません。必ずよい作品を仕上げます」
ベランジェールはコルテオの目をまっすぐ見つめて微笑みながらうなずくと、「帰りに画材を買いなさい」と言い、セバスチャンに目配せをした。セバスチャンはコルテオに300フランを持たせ、「お受け取りください」と言った。コルテオはそれを神様からのお恵みのように懐に入れると、感極まってそのままうずくまっていた。貧窮したのは自分の責任であり、わがままの結果であることを彼は痛いほど感じていた。だからこそ、追い込まれるところまで追い込まれてしまっており、どうしたらいいのかわからなくなっていた。
ベランジェールに呼び出されたこの日、コルテオは救われた。人は自業自得を自覚すればするほど、助けを求めにくくなる。ベランジェールは自身の支援経験から、若者が特にそう思い込む傾向にあることまで把握していた。人生の怖ろしい深みに足を取られた若者を助けるのも、彼女の大事な役目だった。こうした献身的パトロン業が、芸術の炎に薪をくべる。
食事会が終わった後、ベランジェールはすぐにセバスチャンに調査を依頼した。ヴァネッサの身辺についてである。モデルをしているとのことだが、いったい何者なのか。有名であればベランジェールの耳にも噂が届くはずだが……新進気鋭のモデルなのだろうか……?
ちなみにベランジェールは、若い男が持つ”男としてのプライド”が嫌いじゃなかった。やはりそれぐらいの気概がなくては、生命力溢れた芸術を作り上げることなどできないとまで思っている。破滅的性愛もまた、筆を走らせ色を奏でる推進力なのである。
加えて……コルテオに毎月与えている100フランというのは正直なところ、伯爵夫人であるベランジェ―ルにとってランチ一回分くらいの値段だった。
「コルテオ……あなたそういえば、画材はあるんでしょうね? キャンバス・鉛筆・筆・絵具・画用液とか……必要なものがなければいい作品はできないわよ」
「申し訳ございません……。ほとんど古くなるか、なくなっておりまして……余っている画材を組み合わせてしのいでいる次第です。イメージに合う絵具がないときもあります……」
ベランジェ―ルはため息をついた。成長する若者に必要なのはまずもって金銭だが、それがあれば十分なわけではない。金銭を出すだけで支援した気になるパトロンが多い一方で、ベランジェールはお金の向こう側にも注意を払っていた。セバスチャンには芸術家たちの日々の”見守り”を命じていたし、自身でも彼らのアトリエに訪れていた。立派に巣立たせるのが彼女の最大の趣味である以上、当然の気配りでもあった。
「事情は理解したわ。正直に話してくれてありがとう。毎月の100フランに加えて、もう100フランを今月から一年間だけ渡すようにするわ。次の一年も200フランを渡すかどうかは……あなたの頑張りしだいよ。ヴァネッサにはモデル代として90フランを支払ってもいいから、残りの110フランで生活を立て直しなさい。あと、皿洗いはやめて、芸術の勉強と創作に励んでね。わかった? 次の王国展覧会、期待してるんだからね」
ベランジェールの思いがけない提案を聞き、コルテオは今までのストレスや心配がすべてなくなったかのように、ほっと表情を緩めた。すぐに床に伏して感謝した。目には涙が浮かんでいた。自分を信じてくれていることも嬉しかった。
「ベランジェール様、ありがとうございます! この御恩は決して忘れません。必ずよい作品を仕上げます」
ベランジェールはコルテオの目をまっすぐ見つめて微笑みながらうなずくと、「帰りに画材を買いなさい」と言い、セバスチャンに目配せをした。セバスチャンはコルテオに300フランを持たせ、「お受け取りください」と言った。コルテオはそれを神様からのお恵みのように懐に入れると、感極まってそのままうずくまっていた。貧窮したのは自分の責任であり、わがままの結果であることを彼は痛いほど感じていた。だからこそ、追い込まれるところまで追い込まれてしまっており、どうしたらいいのかわからなくなっていた。
ベランジェールに呼び出されたこの日、コルテオは救われた。人は自業自得を自覚すればするほど、助けを求めにくくなる。ベランジェールは自身の支援経験から、若者が特にそう思い込む傾向にあることまで把握していた。人生の怖ろしい深みに足を取られた若者を助けるのも、彼女の大事な役目だった。こうした献身的パトロン業が、芸術の炎に薪をくべる。
食事会が終わった後、ベランジェールはすぐにセバスチャンに調査を依頼した。ヴァネッサの身辺についてである。モデルをしているとのことだが、いったい何者なのか。有名であればベランジェールの耳にも噂が届くはずだが……新進気鋭のモデルなのだろうか……?
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
90
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる