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第一話 雌ライオン

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 昼過ぎに自宅を出て、アンナは小手指駅に向かった。
 新所沢と小手指の、ちょうど中間あたりのアパートに住んでいるが、目的地は池袋だ。新所沢から乗ると、所沢で乗り換える必要がある。小手指には『タイガー』という雀荘があるが、最近はあまり行っていない。
 イヤホンからは、八〇年代のヘヴィメタルが流れている。メタルにもいろんなジャンルがあるが、いわゆる正統派というやつが、アンナの好みだ。ファッションも、ロックテイストな、レザーやデニムのものが多い。デニムのショートパンツは季節に関係なく着用しているが、冬はさすがに寒いので、デニール数の高い黒タイツを合わせるのが定番だ。靴は、ワークブーツを履いている。春夏は、スニーカーかサンダルが多い。
 小手指駅から、池袋行きの急行に乗った。
 三十分ほどで池袋に着き、西口から出てしばし歩くと、目的地のシティホテルが見えてきた。ここが、今日の『会場』だ。
 大広間で、係の男にスマホのメッセージ画面と、手提げ袋の中身を見せた。袋には、現金で三百万円入っている。
 男に金を預け、アンナは適当な席に座った。開始時刻まで、まだ少しある。
 アメリカンスピリットに火をつけ、煙を吐きながら、周囲を見渡した。ビュッフェスタイルで食事ができるが、手をつけているのは観戦者のみだ。腹ごしらえは大事だが、勝負の場で食べることはない。メシはあらかじめ済ませておくものだ、とかつて雀ゴロだった鶴見も言っていた。
 奥には、全自動麻雀卓がある。アンナを含めた四人が、半荘四回を戦い、総合トップの者は九百万、二位は三百万を得る。つまり、トップは六百万の浮き、二位はチャラ、三位と四位は負けということだ。
 卓の周囲には、カメラが設置されている。観戦者たちはモニターで対局を観て、誰が勝つかを予想し、賭けることができる。それが、この会の趣旨だ。
 視線を感じた。
 参加者の一人だろう。ワインレッドのシャツを着た、三十代半ばくらいの男だ。肩まである髪を後ろで束ね、口ひげを生やしている。
 目が合うと、ロン毛の男はこちらに歩いてきた。
「もしかして、君も参加者?」
「ああ、そうだけど。何か変かな?」
 笑顔の下に、見下しが見える。アンナはそっけなく答えた。
「若い女の子がこんなとこにいるなんて、意外と思ってね。今日はよろしく」
「あいよ」
 煙を吐きながら、適当に返事した。何回かうなずいて、ロン毛は去っていった。なにがよろしくだ。卓に着くまでもなく、物腰や話し方で、ロン毛は自分よりも格下だと、アンナは確信した。参加するだけの金はあるが、それだけの男だ。
 アンナと同じように、座ってタバコをっている男がいた。歳は四十前後だろうか。短く刈りこんだ髪の毛を立て、黒いシャツを着ている。あの男も、参加者だろう。さっきの男よりは上だ。
 あと一人。いた。寿司を摘んでいる。眼鏡をかけ赤いチェックのシャツを着た、五十過ぎの男。目が合うと、真鯛の握りを頬張りながら、手を振ってきた。苦笑しながら、アンナも手を挙げて応えた。
 男の名前は、福尾マサト。 職業はフリーライターで、麻雀関連の本も出しているという。
 多少は名の知れた人間が、高レートの場に出入りしていいのかと思うが、福尾は、飄々ひょうひょうとしていながらも図太く、使えるものは何でもネタにして、記事を書いているらしい。
 麻雀の腕も確かだ。前回、アンナは福尾に敗れ二位、チャラだった。
 前回の対局終了後、福尾に声をかけられた。アンナを題材に、記事を書きたいのだという。アンナは、次も負けたら記事を書いていい、と答えた。
 記事は別にどうでもいいが、続けて負けるわけにいかない。アンナは、短くなったアメスピを、灰皿に押しつけた。
 しばらくして、進行役の男が広間中央に歩み出てきた。
 開始時刻だ。
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