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第一話 雌ライオン
一
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二十時を、少し過ぎたあたりだ。
高田は、すっかり冷めたコーヒーをひと口飲むと、スマホの画面をスワイプし、検索結果のひとつをタップした。
検索ワードは『ライオン 狩り』だ。ふと、興味を持って調べてみた。
開いたページの文章を読もうとしたところで、ガシャッという音がした。高田は、卓の方へ目をやった。
「オーラスです。皆さん頑張ってください」
女性の声とともに、牌が上がってくる。卓に搭載された音声案内機能だ。
南四局。親はメンバーの鶴見で、三七九〇〇点のトップ目だ。この雀荘――『スパロー』に来て、三年になる。歳は高田の二歳下で、三十四歳。以前は雀ゴロだったようで、腕は申し分ない。勝ち気なところはあるが、人当たりがいい、優秀なメンバーだ。
二着目は後藤、三一二〇〇点。次いでアンナ、二六〇〇〇点。四九〇〇点のラス目である武田は、配牌を見た時点でうなだれていた。心なしか、いつもは眩しく光っている頭の輝きも、鈍いように見える。苦笑して、高田は再びスマホに視線を戻した。
高田にとって意外な発見だったのは、ライオンの雄はほとんど狩りをしない、ということだ。雄ライオンは、群れのリーダーとなるべく、あるいは群れを守るため、雄ライオン同士で闘う。闘いに勝つことでホルモンが分泌され、たてがみは長く、色も濃くなっていくようだ。たてがみが長く濃いほど、強いということになる。狩りは、主に雌ライオンの役目らしい。そういえば、以前テレビで見た映像でも、雌ライオンが獲物に襲いかかっていたような気がする。
「ツモ」
アンナの声だ。手牌を開け、申告を続ける。
「二〇〇〇・四〇〇〇の一枚」
タンヤオツモ赤ドラの満貫。アンナはプラス八〇〇〇点となり、三四〇〇〇点。親っ被りの鶴見はマイナス四〇〇〇点で三三九〇〇点。ハナ差でアンナの逆転勝利だ。
アンナの牌姿はこうだ。
待ちはいいが、リーチしても鶴見以外からでは裏ドラが二枚乗るか、一発かつ裏一という厳しい条件だ。ダマならば、ツモはもちろん、鶴見からの五二〇〇点出アガリでも後藤と同得点になるが、アンナの方が上家なので、やはりトップとなる。
「あっ、私の四索、見逃してるんですね」
「武田さんからじゃ、二着止まりだしな。でも、同巡で鶴ちゃんに七索処理されたのは、ニクいよな」
「結局、ツモられちまったけどな。やられたよ」
悔しそうにしながらも、にこやかに鶴見は点棒とチップを支払った。がっしりとした体つきで、黒髪を後ろに撫でつけた姿は、群れの上に立つ雄ライオンのようだ。
アンナが、白に近い金色のショートヘアーをふわりとさせて、席から立ち上がった。セーターの胸の膨らみが、大きく揺れる。後藤が、露骨にアンナの胸を見ていた。以前アンナに胸のサイズを訊いてみたら、セクハラオヤジ扱いされながらも、親の五十符三翻と教えてくれた。九十六センチということだろう。
「じゃ、アタシはこれで。はい、ゲーム代」
「サンキュー、お疲れ様。そうだ、クリスマス近いしさ、今度サンタのコスプレしてくれないか? バイト代出すから」
「無理無理! ガールズバーでも行きな」
高田にゲーム代とトップ賞の計千七百円を渡すと、アンナは手を振って店を出て行った。アンナはさながら、雌ライオンかな、と高田はなんとなく思った。
「ゲーム、スタート!」
音声案内とともに、次の半荘が始まった。親は下家の武田だ。麻雀は店で一、二を争うほど下手だが、七十歳を過ぎても元気で、毎日のように来てくれる、ありがたい客だ。
「アンナも帰っちまったし、俺もそろそろ終わろうかな」
「あと二回くらい頼むよ、後藤君」
「しゃあねえなあ。二回ね」
明るい茶色の前髪をいじりながら、対面の後藤が言った。チャラい男で、麻雀の腕はそれほどでもないが、引きだけは強い。アンナに気があるようで、よく飲みに誘うが、ほとんど断られている。
アンナとは、鶴見とともに何回か飲みに行った。一度、ひどく酔ったアンナを部屋まで送ったことがある。ピザの箱やファーストフードの紙袋、ペットボトルなどが散乱した部屋に、高田も鶴見も驚いた。外見はかわいい女の子だが、言動は女らしくなく、中身はまるでオッサンのようだ。
見た目はギャルというかヤンキーのようで、男からはモテそうだが、本人は余りその気がないらしい。鶴見のような男らしいやつか、逆に守りたくなるようなやつなら、もしかしたらアンナは付き合うかもしれない。
アンナ――黒崎アンナが『スパロー』に来るようになって、半年が経つ。
八月に二十歳になったようだが、初来店時は未成年だった。麻雀の腕はすさまじいものがあって、最初から鶴見を圧倒していた。所沢、いや埼玉じゅうを探しても、鶴見と互角に打てるやつはそういない。そんな打ち手を、未成年の女の子があっさり打ち負かしたのだ。単にツイていただけかと思ったが、鶴見は実力で負けたと認めた。細かい話は訊いていないが、都内を中心に高レートの麻雀を打っているようだ。千葉の外房の出身と言っていたが、過去についてアンナはあまり語りたがらない。
人間、生きていれば色々ある。高田自身、ここ新所沢で雀荘の店長になったのも、様々な偶然が重なってのことだ。
「リーチで~す!」
親の武田が、軽やかな声でリーチをかけた。頭の輝きがいつもより強い。
高田も満貫のイーシャンテンだが、今回はオリた方がいいと判断し、現物に手をかけた。
高田は、すっかり冷めたコーヒーをひと口飲むと、スマホの画面をスワイプし、検索結果のひとつをタップした。
検索ワードは『ライオン 狩り』だ。ふと、興味を持って調べてみた。
開いたページの文章を読もうとしたところで、ガシャッという音がした。高田は、卓の方へ目をやった。
「オーラスです。皆さん頑張ってください」
女性の声とともに、牌が上がってくる。卓に搭載された音声案内機能だ。
南四局。親はメンバーの鶴見で、三七九〇〇点のトップ目だ。この雀荘――『スパロー』に来て、三年になる。歳は高田の二歳下で、三十四歳。以前は雀ゴロだったようで、腕は申し分ない。勝ち気なところはあるが、人当たりがいい、優秀なメンバーだ。
二着目は後藤、三一二〇〇点。次いでアンナ、二六〇〇〇点。四九〇〇点のラス目である武田は、配牌を見た時点でうなだれていた。心なしか、いつもは眩しく光っている頭の輝きも、鈍いように見える。苦笑して、高田は再びスマホに視線を戻した。
高田にとって意外な発見だったのは、ライオンの雄はほとんど狩りをしない、ということだ。雄ライオンは、群れのリーダーとなるべく、あるいは群れを守るため、雄ライオン同士で闘う。闘いに勝つことでホルモンが分泌され、たてがみは長く、色も濃くなっていくようだ。たてがみが長く濃いほど、強いということになる。狩りは、主に雌ライオンの役目らしい。そういえば、以前テレビで見た映像でも、雌ライオンが獲物に襲いかかっていたような気がする。
「ツモ」
アンナの声だ。手牌を開け、申告を続ける。
「二〇〇〇・四〇〇〇の一枚」
タンヤオツモ赤ドラの満貫。アンナはプラス八〇〇〇点となり、三四〇〇〇点。親っ被りの鶴見はマイナス四〇〇〇点で三三九〇〇点。ハナ差でアンナの逆転勝利だ。
アンナの牌姿はこうだ。
待ちはいいが、リーチしても鶴見以外からでは裏ドラが二枚乗るか、一発かつ裏一という厳しい条件だ。ダマならば、ツモはもちろん、鶴見からの五二〇〇点出アガリでも後藤と同得点になるが、アンナの方が上家なので、やはりトップとなる。
「あっ、私の四索、見逃してるんですね」
「武田さんからじゃ、二着止まりだしな。でも、同巡で鶴ちゃんに七索処理されたのは、ニクいよな」
「結局、ツモられちまったけどな。やられたよ」
悔しそうにしながらも、にこやかに鶴見は点棒とチップを支払った。がっしりとした体つきで、黒髪を後ろに撫でつけた姿は、群れの上に立つ雄ライオンのようだ。
アンナが、白に近い金色のショートヘアーをふわりとさせて、席から立ち上がった。セーターの胸の膨らみが、大きく揺れる。後藤が、露骨にアンナの胸を見ていた。以前アンナに胸のサイズを訊いてみたら、セクハラオヤジ扱いされながらも、親の五十符三翻と教えてくれた。九十六センチということだろう。
「じゃ、アタシはこれで。はい、ゲーム代」
「サンキュー、お疲れ様。そうだ、クリスマス近いしさ、今度サンタのコスプレしてくれないか? バイト代出すから」
「無理無理! ガールズバーでも行きな」
高田にゲーム代とトップ賞の計千七百円を渡すと、アンナは手を振って店を出て行った。アンナはさながら、雌ライオンかな、と高田はなんとなく思った。
「ゲーム、スタート!」
音声案内とともに、次の半荘が始まった。親は下家の武田だ。麻雀は店で一、二を争うほど下手だが、七十歳を過ぎても元気で、毎日のように来てくれる、ありがたい客だ。
「アンナも帰っちまったし、俺もそろそろ終わろうかな」
「あと二回くらい頼むよ、後藤君」
「しゃあねえなあ。二回ね」
明るい茶色の前髪をいじりながら、対面の後藤が言った。チャラい男で、麻雀の腕はそれほどでもないが、引きだけは強い。アンナに気があるようで、よく飲みに誘うが、ほとんど断られている。
アンナとは、鶴見とともに何回か飲みに行った。一度、ひどく酔ったアンナを部屋まで送ったことがある。ピザの箱やファーストフードの紙袋、ペットボトルなどが散乱した部屋に、高田も鶴見も驚いた。外見はかわいい女の子だが、言動は女らしくなく、中身はまるでオッサンのようだ。
見た目はギャルというかヤンキーのようで、男からはモテそうだが、本人は余りその気がないらしい。鶴見のような男らしいやつか、逆に守りたくなるようなやつなら、もしかしたらアンナは付き合うかもしれない。
アンナ――黒崎アンナが『スパロー』に来るようになって、半年が経つ。
八月に二十歳になったようだが、初来店時は未成年だった。麻雀の腕はすさまじいものがあって、最初から鶴見を圧倒していた。所沢、いや埼玉じゅうを探しても、鶴見と互角に打てるやつはそういない。そんな打ち手を、未成年の女の子があっさり打ち負かしたのだ。単にツイていただけかと思ったが、鶴見は実力で負けたと認めた。細かい話は訊いていないが、都内を中心に高レートの麻雀を打っているようだ。千葉の外房の出身と言っていたが、過去についてアンナはあまり語りたがらない。
人間、生きていれば色々ある。高田自身、ここ新所沢で雀荘の店長になったのも、様々な偶然が重なってのことだ。
「リーチで~す!」
親の武田が、軽やかな声でリーチをかけた。頭の輝きがいつもより強い。
高田も満貫のイーシャンテンだが、今回はオリた方がいいと判断し、現物に手をかけた。
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