呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第四章 過去が呪いになる話

第10話 解呪

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 目を覚ました日和ひよりは病室にいた。

 状況がわからず少し呆けたが、目の前に倒れている総一郎そういちろうに気づき、ようやく状況が理解出来た。

 倒れている総一郎を囲むように、床の上には白い術式が浮かんでいる。嫌悪感を感じる薄灰色の煙の様なモノが、総一郎の周囲に漂っていた。

(穢れじゃない。でも、嫌な感じがする)

「どうしたら……」
 焦りと不安で心臓が嫌な音を立てる。
 背後で病室のドアが開く音が聞こえ、日和は驚いて振り向いた。

「あれ? ピヨ子ちゃんも来てたの?」

壮太郎そうたろうさん!!」
 現れたのは壮太郎だった。
 日和は立ち上がって駆け寄り、壮太郎の両腕を掴む。迷子の子供の様な頼りない表情を浮かべる日和を見下ろし、壮太郎は苦笑する。

「わぁ。熱烈な歓迎だね。ピヨ子ちゃん」
「壮太郎さん! あ、あの……碧真あおし君が攫われたかもで、総一郎さんと一緒に病院に調査に来たんです。そしたら、総一郎さんが倒れて! 私は昔の夢を見ていて、戻って来れたけど。総一郎さんが倒れたままで……。どうしましょう!?」

「はいはい。ピヨ子ちゃん。落ち着こうね。大丈夫だからさ」
 うまく説明できずに慌てふためく日和の頭を壮太郎が撫でた瞬間、足元に白い術式が現れた。

(この光!? さっきの!!) 

「術式の理解も出来ていないのに、僕を害そうなんて笑えるね」
 
 壮太郎は足元に浮かぶ術式に向けて手をかざす。
 壮太郎の力を表す白銀色の光が、白い光を侵食するように呑み込んでいく。

 完成されていた白い術式の一部が剥がれて宙に浮かぶ。術式だった線や文字が、花びらのように次々と宙を舞っていく。

 倒れている総一郎へチラリと視線を向けた後、壮太郎は溜め息を吐いた。

「……仕方ないか」
 壮太郎は、総一郎を囲む白の術式に向けて手を翳した。総一郎を囲む白の術式も剥がれて宙に舞った。

 壮太郎が余裕の笑みと共に、手を横に払う。壮太郎の合図に応えるように、宙に浮いていた白の術式の断片が塵となって消滅した。

 白銀色の光の粒が、病室内に降り注ぐ。

「綺麗……」
 星を散らしたような幻想的な光景に、日和は思わず見惚れた。

「……今のは?」

「解呪だよ。初めて見た? 術式の理を解いてばらす。作られたものを壊して、世界に還しただけ」
 なんて事のないように壮太郎は笑った。

「う……」
 足元から呻き声が聞こえ、日和はハッとする。

「総一郎さん!」
 眠っていた総一郎が目を覚ましたようだ。体を起こした総一郎は、険しい表情で視線を彷徨さまよわせる。

「……ここは?」
「起きたかい? ヘタレ当主」
 壮太郎の声に、総一郎はハッとして顔を上げた。

「君、自分の一族の術にやられるとかどうなの? 術者の思惑通りに邪気を放つとかさ」 
 壮太郎が呆れた顔で総一郎を見下ろす。総一郎は返す言葉がないのか、悔しそうな顔で拳を握り締めた。

鬼降魔きごうまの術なんですか?」
 日和の問いに、壮太郎は頷く。

「そう。対象の憎悪や悲哀の記憶を呼び起こす悪夢を見せ、邪気を生み出す。鬼降魔の陰湿な術だよ。知識と実力がある術者なら、こんな術に引っ掛かる訳がないのに。術にかかったとしても、ピヨ子ちゃんみたいに自力で打ち破る事が出来る物だ。術の対象は、チビノスケに縁がある人間に設定していたみたいだね。足止めか、ただの遊びみたいなものかな」
 
「何故、貴方がここにいるのですか?」
 総一郎は立ち上がり、日和と壮太郎を見る。日和が壮太郎を呼んだと思っているのか、責める様な目を向けられた。険悪な雰囲気に、日和は一歩後ずさる。

「僕はピヨ子ちゃんに呼ばれて来たわけじゃないよ。チビノスケに渡した呪具に異変を感じたから、様子を見に来ただけ」

「碧真君に渡した呪具?」
 日和が首を傾げると、壮太郎は頷く。

「呪いの人形だよ。昨日話したように、あれは鬼ごっこやかくれんぼの遊び相手になれる様に作っているんだ。人形自体も鬼役が可能だよ。呪いの人形は鬼役として、チビノスケの行方を追ったんだろうね。対象から離れられる距離に限りがあるのに、病院から離れた場所に人形の反応があった。チビノスケに何かあったのかと思って、ここに確かめに来たってわけ」

「え? じゃあ、壮太郎さんは碧真君の居場所がわかるんですか?」
「うん。わかるよ。呪いの人形は、チビノスケの周囲にいるだろうからね。壊されていないみたいだし、チビノスケを攫った術者からうまく隠れているんだろうね」

 日和は、低音ボイスで高速移動していた呪いの人形を思い浮かべる。最初見た時は引いてしまったが、思いもよらぬ救世主となったようだ。

「この術を作った術者は」
「碧真君の居場所を教えてください」
 総一郎が壮太郎の言葉を遮る。

「えー? どうしようかなぁ?」
 壮太郎が挑発するように笑うと、総一郎は不快そうに眉を寄せた。

「この状況とピヨ子ちゃんの言葉から察するに、チビノスケを攫った人がいて、この場所に術を仕掛けた。調査に来た鬼降魔の人間を害する意思を持った術者がね。この場にいるのが、いつも屋敷に閉じこもっている君という事は、『当主が動かなければならない事態』。一族の為という綺麗な建前を並べておきながら、未熟な君が動く本当の理由は自分の保身の為」

 総一郎を追い詰める言葉を並べて、壮太郎は意地悪な笑みを浮かべた。

「君は、一体何をやらかしたのかな?」

 総一郎の表情が一段と険しくなる。
 二人の険悪な雰囲気に、日和は不安な顔で壮太郎を見上げる。日和の視線に気づいて、壮太郎は肩をすくめた。

「まあ、ヘタレ当主がどうなろうと僕には関係ないけど。君が何か問題を起こせば、丈君にも迷惑がかかるからね。今回は手を貸そう。ピヨ子ちゃん。ちょっと、眼鏡を貸してね」
 
 壮太郎は日和が掛けている眼鏡を外した。
 壮太郎の手から溢れた白銀色の光が、日和の眼鏡を包む。光が収まると、壮太郎は日和へ眼鏡を返した。

「呪いの人形の位置を表示出来るようにしたよ。方向音痴のピヨ子ちゃんにもわかるように、案内役をつけといたから」

「わあ……」
 眼鏡をかけた日和は感嘆の声を上げる。
 レンズを通して、日和の前にゲーム画面の様な地図と現在地を示すアイコンが表示される。画面右下には、壮太郎が作ったオリジナルキャラクターの『癒しニヤッと猫ちゃん』がいた。

『案内してやるニャー。とっとと行くニャー』
 怠そうな声で『癒しニヤッと猫ちゃん』が言うと、進む方角を示す矢印が表示された。

「その子の案内に従って進めば、チビノスケの元へ辿り着ける筈だよ。何かあったら、僕の携帯に連絡して。じゃ、頑張ってね」

「え? 壮太郎さんも一緒に行かないんですか?」

「僕は丈君の所に行くよ。なんとなくだけど、嫌な感じがするからね」
 
 壮太郎は窓の外へ視線を向ける。
 どんよりとした雲が空を覆っていた。

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