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第四章 過去が呪いになる話
第11話 招かれざる者
しおりを挟む(最悪だわ……)
美梅は溜め息を吐く。
現在、美梅は鬼降魔の本家の離れにいる。丈が「少し席を外す」と言って外へ出ている為、室内に咲良子と二人きりでいる状態だ。
(総一郎様のお誕生日をお祝いしに来たのに……)
肝心の総一郎は日和と仕事に出掛けてしまった。今日の為に楽しいお出かけを計画していたというのに、全て水の泡だ。
(おまけに、咲良子までいるし……)
美梅と咲良子が初めて会ったのは、十六歳の頃。
初めて会った時から、咲良子の態度は悪かった。美梅の顔を見ようとせず、話も無視した。
そんな態度を取られて、好きになれる訳がない。
総一郎の婚約者候補という事と加護が寅という事は同じだが、美梅と咲良子は術者としての実力差がある。咲良子は将来を期待されている術者だ。美梅は弱いわけではないが、咲良子ほどの実力は無い。
美梅の立ち位置は、いつでも崩れてしまいそうな程に脆い。
もちろん、総一郎への思いは咲良子より断然強いと自負している。
総一郎へ直球で想いを伝えているが、曖昧な返事のみ。当主という立場もあり、難しい所なのだろうが、時々焦ったくも思う。
美梅は再び溜め息を吐いた。
「総一郎様は大丈夫かしら。とても疲れた顔をされていたわ。結人間のせいで、総一郎様に心労がかかるなんて。結人間なんて、鬼降魔を見下して、人間の命を道具にする最悪な一族じゃない」
咲良子に聞こえるように、美梅は少し大きめの声で愚痴を溢す。
美梅は結人間家が嫌いだ。特に、結人間壮太郎という男性は、美梅の大好きな総一郎を見下すので、敵として認識している。術者としての力は凄いとは思うが、人間的にはどうかと思う。
「美梅。うるさい」
美梅の予想通り、咲良子は怒ったようだ。
「結人間に非はない。『呪罰行き』の人間を引き渡す事は、一族同士の約束。それを破るのなら、鬼降魔が悪い。結人間を悪く言うのは、お門違い」
「結人間の肩を持つの? やっぱり、あんたは純粋な鬼降魔の人間ではないものね。好きな人の味方をしないなんて、本当に総一郎様の事が好きなの? それでも、婚約者候補なわけ?」
煽る美梅を見て、咲良子は溜め息を吐く。
「私は事実を言った。それに、好きだからと相手の全てを肯定して、周りを敵と見なすのは浅はか。美梅の好きは、盲目」
「な!?」
カチンと来た美梅は立ち上がり、鋭い目で咲良子を見下ろした。
「私は、誰よりも総一郎様の事を想っているわ! あんたなんかに負けない! 総一郎様の為なら、この命を捧げてもいい覚悟で私は生きているの! あんたに、その覚悟はある!?」
咲良子が顔を上げる。咲良子の目を見て、美梅は息を呑んだ。
「”命を捧げてもいい”なんて、愚か。自己犠牲で守られた人間の気持ちを考えないのは、勝手。私なら、そんなの嬉しくない」
悲しみと怒りと哀れみの目。
(私は、この目を知っている……)
その感情を宿した目で、昔、誰かに見つめられたような気がする。思い出せないが、胸が締め付けられる気持ちになった。
「総一郎が美梅に応えないのは、その盲目さ。その考えを改めない限り、総一郎が美梅と向き合う事は無い」
「どういう……」
言葉を続けようとしたところで、部屋の襖が開いて丈が戻ってきた。
「何かあったのか?」
丈は美梅と咲良子の微妙な雰囲気を感じ取ったのだろう。
いつもの咲良子らしくない表情だった。美梅を煽り返してくるかと思ったが、どちらかというと諭す様な言葉だった。
(私が考えを改めない限り、向き合ってもらえない? 好きな人を真っ直ぐに想う事の何が悪いわけ? 好きな人に全てを捧げたいと想うのは、それだけ好きって事じゃない。失礼ね!)
自分の愛が否定されたと感じて、美梅は沸々と怒りを感じた。
「やっぱり、私はあんたが気に食わないわ。咲良子」
「それは、こっちのセリフ」
「相性があるから仕方ないのはわかるが、今回は仲良くしてくれないと困るぞ。緊急事態には協力し合わないと、危険が増長するからな」
丈は溜め息を吐いた。
「念の為、屋敷の結界とは別に、母屋と離れの結界を強化しておいた。従業員にも、暫く外へ出ないよう通達している。二人も、総一郎が戻るまでは離れから出ないようにしてくれ」
鬼降魔の本家には、前当主によって作られた五重の結界が屋敷全体を覆うように張られている。頑丈な結界があるというのに、丈は襲撃に備えて家屋にまで結界を張ったようだ。
「今回の件、そんなに大変な事なのでしょうか? 屋敷の結界が破られるとは思えません」
確かに、用心はするべきだが、恐れすぎるのも良くないと美梅は思う。
前回の鬼降魔幸恵の襲撃の時は、誘き寄せる為にわざと屋敷の結界を解除していた。しかし、今回は屋敷全体を包む結界が発動している状態。前回のように、簡単に侵入出来るわけがない。
「『呪罰行き』の人間より、私の方が力は上です。あちらが襲ってきても、返り討ちに出来ます」
どうやって呪罰牢の術者四人を殺害して逃げたのかはわからないが、鬼降魔の加護の中でも強い力を有する寅の加護を持つ美梅と咲良子。普段は調査専門だが、実戦経験豊富な丈もいる。
「私は、総一郎が日和を調査に行かせた事が理解出来ない」
咲良子が眉を寄せて不満そうな顔をする。
力を持たない一般人である日和。鬼降魔幸恵の目的を『自分の悲願を打ち砕き、呪罰行きにした人間への復讐』だと仮定するのなら、一番危険なのは日和だ。
戦闘力の無い人間を結界の外へ出し、戦闘能力のある人間が結界の中にいる状態に、咲良子は納得出来ないのだろう。
「総一郎様の事だから、何かお考えがあるのよ。あんたの頭じゃ、わからないでしょうけれどね」
「それなら、美梅にはわかるの?」
「それは……。あれよ。敵を騙すには味方からというやつなの。私がここで理解出来たら計画は台無しになるから、わからない方がいいの」
胸を張ってドヤ顔する美梅に、咲良子は哀れむ様な目を向けた。
「……ここまで頭が可哀想な子だったかしら?」
「はあ!? なんですって!?」
怒る美梅を無視して、咲良子は険しい表情で口を開く。
「鬼降魔幸恵を捕まえたいのなら、丈に調査させて居場所を突き止める方が早い。今回の人選は、不適格。総一郎も、わからないわけがない。そうなると、日和を外に出した目的は、鬼降魔幸恵を誘き出す為の餌。……最低」
「総一郎様の事を悪く言わないで! あんたに、総一郎様の何がわかるの!?」
仮に咲良子の言葉通りだとしても、総一郎も同行している。何かあったとしても、日和を守る筈だ。
(ちょっと待って。何それ、日和さんが羨ましいわ。私も総一郎様に守ってもらいたい!)
大好きな人に守ってもらえるのは、とてもロマンチックではないだろうか。美梅は総一郎に守られる事を妄想して、少し顔がニヤついた。
「今の美梅より、私の方が総一郎の事を理解している」
咲良子の言葉に、美梅は一気に不快な気持ちになる。
「あんたねぇ!」
丈がハッとした顔で外へ視線を向けた。
周囲の気配を探るように視線を走らせた丈は、スーツのジャケットの裏地に仕込んでいた銀柱を素早く取り出し、指の間に挟んで構えた。咲良子も警戒するように、腰を浮かせて外を睨んでいる。
二人に遅れて、美梅も異変に気づく。
屋敷の結界が軋む。
招かれざる者が領域を侵す音が聞こえた。
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