しかし、それにしても、米国はなぜ、ここまで徹底的に、(韓国籍のメモリ工場を含めた)中国の半導体産業を叩くのだろうか? 韓国や台湾の半導体メーカー、および日米欧の装置と材料メーカーにとっては、迷惑この上ない規制なのだが。
もともと、2015年に制定された「中国製造2025」の政策の目的として、「軍事技術と宇宙産業で米国を凌駕する」という内容が記載されていた。この目的をみると、どうしたって米国は中国を叩きたくなるだろう。実際、5Gの通信基地局で世界を制覇しかけていた中国のファーウェイに対して、これでもかと徹底的な規制を行い、ファーウェイをほぼ壊滅させてしまった。
次に、ELに載せたはずのSMICが7nmの開発と生産に成功してしまった。米国は、これを断じて許すことができないだろう。そのため、16/14nm以降の装置の輸出を禁止し、ArF液浸の輸出も止めようとしている。
さらにもう一つ、米国が中国を叩く理由がある。それは、ロシアのウクライナへの軍事侵攻に関係していることである。
ロシアがウクライナへ軍事侵攻してから7カ月が経過しようとしている。いまだ、この悲惨な戦争が止む気配がない。そして、この戦争に対して、中国はロシアとは一線を画しているという態度を取ろうとしているが、どうも胡散臭い。中国がロシアへ物資を供給しているのではないかという疑念は、どうしても拭い去ることができないからだ。
この戦争を、半導体の視点から見てみよう。さまざまな軍事兵器には、半導体が必要である。しかも、高性能な半導体が必要不可欠であろう。これを誰が設計し、生産しているのだろうか。調べてみると、ロシアにも半導体メーカーがある(図5)。Baikal ElecrtonicsとMoscow Center of SPARC Technologies(MCST)は設計ファブレスで、16nmのCPUを設計する能力があるという(日本より設計能力が高いじゃないか!)。
さらに、Micron Groupは、65nmレベルの半導体を生産できるファウンドリーである。しかし、残念ながらMicron Groupは、Baikal ElecrtonicsとMCSTが設計した16nmのCPUを生産することはできない。
では誰が生産しているかというと、TSMCとSMICであるようだ(図6)。ここで、台湾(つまりTSMC)は、ロシアの軍事侵攻が始まった途端に、ロシアへの半導体の輸出を停止していることがわかる。
一方、台湾(TSMC)が輸出を止めた直後から、中国のロシアへの半導体輸出額が急拡大している。この輸出額はロジックとメモリの合計値で、恐らくロジックはSMICが生産しているのだろう。では、メモリは誰が生産しているのか? NANDは紫光集団傘下のYMTCかもしれない。また可能性としては、サムスン電子の西安工場のNANDが含まれていることは否定できない。加えて、中国はDRAMをまともに生産することができないので、もしかしたら、SKハイニックスが無錫工場で生産したDRAMが含まれているかもしれない。
米国が中国の半導体産業を徹底的に叩くのは、中国がロシアに半導体を大量に輸出していることにあると考えられる。そして、その半導体の中に、サムスン電子とSKハイニックスのメモリが含まれているとしたら、米国の厳しい規制は韓国のメモリ工場にも及ぶだろう。
もし、米国が韓国籍のメモリメーカーに対しても、16/14nm以降の装置とArF液浸の輸出を止めてしまったら、韓国のメモリ工場は本当に「死ぬ」。それと同時に、日米欧の装置と材料ビジネスも消滅する。そうなると、戦争を止めるためとはいえ、半導体業界は事態は極めて深刻な事態に陥る。今後どうなるか、注視していきたい。
(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)