思想や言論の自由、集会の自由を定めた条文は、改正憲法にもしっかり存在している。最低賃金の保障や、年金改革といった社会保障の充実を図る内容まで盛り込まれており、この点だけ見れば、国民にとって大変耳障りのいい改憲案であろう。ただ、国民投票はそうした改憲案について一つひとつを尋ねていく形ではなく、改正案のすべてを一括して問う「オール・オア・ナッシング」形式で実施されていた。
一方、国民にとって必ずしも耳障りのいいものではない改憲案には、次のようなものがあった。
(1)大統領の任期延長と権限強化
2018年の大統領選挙で再任されたプーチン大統領の任期は2024年まで。しかし改憲により、最長で2036年まで(あと2期12年間)大統領の座にとどまることが可能になった。もちろん、次の大統領選の結果次第ではあるが、旧憲法では大統領の任期(1期6年間)は連続2期までに制限されていた。腐敗や独裁を防ぐための知恵だと思われる。
改憲案が浮上した当初は、大統領権限を弱め、議会の権限を拡大するための改憲だと語られていた。しかし途中で話が変わり、実際は大統領が新たに首相の解任権や主要大臣の任免権まで手に入れる。結局改憲で、大統領の権限は強化された。こうして“プーチン独裁”への地ならしは進んでいた。
(2)「愛国主義」の登場
「子どもの愛国心」や「祖国防衛者の追悼」といった、愛国主義的な価値観を前面に押し出した憲法へと変容した。ウラジーミル君にとって、この価値観の正反対にあるのが「非国民」であり「裏切り者」なのだろう。
(3)国威発揚のための“陣地取り”
改憲案には、外国への領土割譲を禁止する条文も盛り込まれた。ただ、元朝日新聞編集委員兼論説委員の国分高史氏の論考によれば、この条文には「隣国との範囲の画定、国境画定および再画定をのぞく」との但し書きがついていたのだという。
なるほどこの但し書きがないと、2014年にロシアがウクライナから一方的に併合したクリミア半島のように、今後ロシアが領土を増やしていくことができなくなる。但し書きを額面どおりに読むならば、日本と平和条約を結ぶ際に北方領土を取引材料に使いたい場合、この例外規定は不可欠だろう。
ところで筆者は小学生の頃、いわゆる「陣地取り」ゲームが大好きだった。大勢の子どもが二手に分かれ、互いに自分の陣地を広げつつ、相手の大将を生け捕りにするとゲームセット――という遊びだ。皆で日が暮れるまで夢中になったものだ。ロシアが隣国ウクライナに対して行なっている「クリミア半島併合」や「キーウ侵攻」も、この遊びと本質的に大差はない。大きく異なっているところは、子どもの遊びでは「相手を殺さない」ことだ。「クリミア半島併合」までは、ロシアもそうだった。
ロシアにとって2014年の「クリミア半島併合」は、国威発揚と政権浮揚を図るための“陣地取り”だった。ただ、その次が見つからなかったのである。そして8年後の2022年2月、クリミア半島に続く国威宣揚(国家の威光を示すこと)の証しを求めて、ロシアはウクライナ全土に踏み込んだ。しかし、今回ばかりはなかなか思惑どおりにいっていないようである。
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これまではなかった文言を、あえて憲法に書き込むことで、トラブルの端緒になったり、揉め事の火種となって燻ぶり続けたりするのだろう。ロシアの改正憲法には他にも、同性婚を禁止する条文や、国連や欧州人権裁判所などの国際組織が決定したことや国際法よりもロシア連邦憲法が優先するといった条文が、新たに書き加えられている。「戦争」以外のところでも懸念は尽きない。