フランス政府はすぐさま米豪の両国大使を呼び出して説明を求めた。フランス政府がこれまで密に連絡を取り合っていたアメリカ大使に尋問するというのは異例のことだそうだ。
AUKUSの創設にショックを受けたのは、フランスだけではない。ASEAN(東南アジア諸国連合)にとっても、この話は寝耳に水だった。
AUKUSが対象としている海域がハワイ以西の太平洋とインド洋であることは明らかであり、そこにはASEAN諸国がすっぽりと入っている。ASEANは米中の海洋対立に巻き込まれている当事者で、ASEAN諸国の多くが米中のはざまでバランス外交をとっていくつもりでいる。自分たちの頭越しにAUKUSが創設されたことは、従来のバランス外交を崩されるきっかけにもなりかねず、各国とも米英豪に傲慢さを感じたはずだ。
AUKUS創設が発表された直後、インドネシア外務省は地域の軍拡競争や軍事力展開に対して懸念の声明を出し、核拡散防止と国連海洋法条約の順守を求めた。マレーシアのイスマイル・サブリ首相はオーストラリアのスコット・モリソン首相と電話協議して、「南シナ海において、他国によるアグレッシブな行動を挑発するのではないか」と述べて、AUKUSに対する懸念を示した。
ここでいう「他国」とは、もちろん南シナ海進出を強めている中国のことだ。マレーシアは中国とは一定の距離を保ちながらも、友好的な関係を築くスタンスをとってきており、AUKUSが両国の微妙なバランスを崩すことを懸念している。
フィリピン国防大臣はオーストラリア国防大臣に対して、フィリピンは中立的なスタンスをとると伝えている。シンガポールがややAUKUS寄りの発言をしているものの、ASEAN全体が米中対立においてアメリカのみに肩入れするつもりはないことは明らかである。
ASEANにとって厄介なのは、各国とも中国からの挑発が続いており、国内では反中感情が高まっていることだ。特に中国との南沙諸島や西沙諸島における領有権問題を各国が抱えており、親中的なスタンスだけを打ち出すと、国内で影響力を弱める可能性がある。かといって、最大の貿易相手国である中国と面と向かって対立するわけにはいかず、貿易相手国・中国と侵略国・中国のはざまで、なんとか極端に触れないように苦心している状態にある。ASEANとってAUKUSは「ありがた迷惑」といった存在ではないだろうか。
ASEANのクアッドに対する不満は、日本が中心であることもあってか、さほど表面化していないが、AUKUSがアメリカ主導であることは疑う余地がなく、ASEANの安全保障が自分たちとは関係ないところで決められてしまうのではないかという不安がある。それだけにAUKUSの唐突な発表は、「心配の種」を増やすものでしかなかったのである。
AUKUSは軍事的強力のほかAIやサイバーセキュリティなど、広い意味で安全保障において三国が協力する枠組みであるが、そこに「米英が原子力潜水艦建造で協力する」と入ったことは、オーストラリアにとって大転換になることを意味する。
というのは、オーストラリアはこれまで、日本と同様に核兵器保有を否定してきたからである。原子力潜水艦を保有することで、オーストラリアが核兵器保有に入る準備ではないかという疑念が中国を強く刺激している。実際、中国外交部の趙立堅報道官がAUKUSについて「地域の平和と安定を大きく損ない、軍拡競争を激化させて、核不拡散の取り組みを阻害している」と述べて、オーストラリアの動きを牽制している。
だが、中国がこれまで核兵器を使ってASEANやオセアニアに対する影響力を強めてきたのはまぎれもない事実であり、趙報道官は単に中国の優位性が損なわれることに抗議しているにすぎない。AUKUSは中国の海洋進出の野心に対するカウンターパンチであることは中国側も十分、理解しているはずだ。