商法や会社法が示す理念や価値観と、国家運営との間で利害の対立が生じるケースは当然、想定される。政府には国家の安全を守る義務があるが、商業活動の自由も安全保障と同様、資本主義国家・民主主義国家の土台となる基本原則である。安全保障上の理由から株主の権利を侵害する可能性が考えられる場合には、ルールに従って慎重に対応しなければならない(これは戦争などの非常事態において私権が制限されることの是非と同じ文脈である)。東芝の場合、こうした手順を無視しているため多くの株主が怒りを表明している。
安全保障上、東芝の技術を保護する必要があるのなら、改正外為法の拡大解釈といった方法ではなく、明確な法律に基づき、正面から対応するのがスジだろう。また経産省が本気でそうした措置を考えているのなら、後は東芝に任せるといった無責任な対応は取れないはずだ。結局のところ、経産省と東芝は、ガバナンスに対する基本的な価値観が欠如しており、介入によって発生する事態に対して、政府が責任を持って対処するという覚悟も見られない。結局はこうした無責任な体制が露呈したということにほかならない。
まったくの偶然だが、似たようなケースが三菱電機でも発生している。同社では、鉄道車両向け空調装置で長年にわたって不正行為を行っていたことが発覚し、杉山武史社長が引責辞任を表明した。だが一連の過程においてガバナンスがまったく機能していないお粗末な実態が明らかとなっている。
同社は少なくとも1985年から35年以上にわたって、仕様書とは異なる条件で検査したり、検査そのものを実施しないといった形で不正行為を繰り返していた。顧客には適性に検査をしたように見せかけた書類を提出しており、しかも架空のデータを自動的に生成するソフトウェアまで使用していたというのだから、意図的かつ組織的であることは明らかだ。
しかも同社では過去に何度も似たような不正行為が発覚しており、2016年から19年にかけて大規模な車内点検を3度も実施している。過去3回の点検でも今回の不正は見逃されており、事態がまったく改善していない。ここまで不正行為が続くと、組織全体として改善する意思がゼロと判断されても致し方ないだろう。
これはまさに同社の経営そのものに根ざした問題といってよいが、案の定、同社のガバナンスは東芝と同様、ほとんど機能していない状況にある。それは今回の不正発覚と外部への説明が行われた手順を見れば明らかである。
今回の不正は2021年6月14日に判明したが、最初に同社が選択した行動は経済産業省への説明だった。同社は29日に株主総会を控えており、株主総会では杉山社長以下、経営陣の再任を提案している。当然のことながら株主に対してこの重大な事実を通知しないまま総会を開催すれば、株主を欺くことになる。ところが同社は経産省には報告したものの、株主には情報を開示せず、29日には平然と株主総会を行って杉山社長は再任された。
不正を公表したのは何と総会翌日の30日で、しかも総会で情報を開示しないことは取締役会にも諮られなかった。当初、杉山氏は取締役会の了承を得たという趣旨の発言をしていたが、これは虚偽であったことが明らかとなっている。
会社の所有者である株主と、その意向を間接的に企業に反映させるために存在する取締役会は完全に無視された形といってよい。同社の取締役には、元検事総長や元外務次官、元メガバンク頭取などが就任しているが、メンツは丸つぶれといってよく、ここまで株主と取締役会が軽んじられるケースも珍しい。三菱電機の幹部は、企業経営における根本的な善悪が著しく欠如しているとしか思えない。