障がい者の岡部さんが入社して、ライフネット生命の社内全体、社員一人一人が変わった

 岡部さんの思いに気がついた同社は、ボウリングや卓球のような大勢でも一緒に楽しめ、盛り上がることのできるスポーツイベントに切り替えます。団体スポーツは普段見られない一面を垣間見られます。岡部さんと社員同士だけではなく、社員同士も親密になっていきました。

 業務でも、同社はオンラインの手話通訳サービスを導入したり、岡部さんが参加する定例会議等には専属の手話の方に入ってもらうなど、コミュニケーションの環境を整えていきました。

 知ることは理解することの第一歩です。困っていることがあれば、何がどう困っているのか、他に方法はないのか、どうすれば解決できるのか、それこそが障がいの有無に関係のない成熟した社会の始まりです。同社にとっても岡部さんにとっても、理解し合えれば解決の手段が見つかるというかけがえのない経験を重ねていきました。

意識に変化

 ところが、またしても問題が起こります。岡部さんは会社や仲間に気を使いすぎるところがあり、広報から取材や講演の提案を受けても、「恥ずかしい。それに仲間が仕事をしている時に、自分が陸上の話をしていいのか悩んでしまう」と、乗り気ではなかったのです。過去の成績に甘んじる岡部さんではありませんが、間違いなく世界のトップアスリートです。今日までの並々ならぬ努力も実績も、広報担当は十分に理解していました。

 岡部さんの講演や指導を待ち望んでいる人は大勢いると確信した広報担当は「あなたはアスリートとして大成したいんだよね? スポンサー企業様や応援してくださる方に対して、『恥ずかしい』ではなく、きちんと活動報告をするのが仕事でしょう」と表に出たがらない岡部さんの背中を押しました。

 こうして世界のトップアスリートのノウハウを活かした数々の企画が実現することになりました。取材や講演以外も引き受けるほか、出場した競技大会の様子をFacebookなどに発信したり、かねてより希望していた「ろう者の子ども向け陸上教室」も実現しました。この教室に参加したお子さんやご両親から、「運動会のリレーがいつもビリだったのに、脱却しました!」とか「3位になれました!」と大評判を呼びました。

 耳の聞こえる小学生や一般の人に向けての講演やイベントにも出席するようにもなり、参加者の目が輝く様子に触れ合ううち、岡部さんの意識も変わっていきました。講演やイベントの終了後は、振り返りを行い、より内容や展開を充実させてグレードアップをしていき、今では「コロナ禍が落ち着いたら、今後も継続してやっていきたい」と意欲を見せるほどです。

社内に起きた変化

 社員に対しての活動は、毎週実施されている手話講座、手話勉強会の開催、手話部部長としての活動などがあります。ほかにも、ノウハウを活かした企画「岡部体操」やトレーニングの個別相談も実施しています。「岡部体操」は、デスクワークで運動不足になりがちな社員向けに、室内でできる簡単なトレーニングを紹介しています。社員の健康・トレーニングの個別相談も“世界の岡部”さんから直接アドバイスを受けられるとあって、こちらも大評判です。

 社員に手話が浸透するにつれて、ライフネット生命に新たな風が吹きました。同社には、社員同士で感謝の言葉を言い合う文化があります。いくら人事総務部が声かけを行っても、「ありがとう」と言うのは照れるものです。手話の「ありがとう」は、以下の写真のようにとても簡単です。これなら、気軽に「ありがとう」も言えます。「ありがとう」が溢れる社内には、優しさと思いやりが溢れました。

障がい者の岡部さんが入社して、ライフネット生命の社内全体、社員一人一人が変わったの画像2
手話「ありがとう」

 また岡部さんが入社したことで、岡部さんの身近で働いている人にも影響を与えました。何人かは、手話検定を自主的に受けて合格しています。