深層学習の登場は、上記の意味で、本当に画期的でした。人類史上初めて、暗黙知をそのままキャプチャーする道具が現れたのは本当に凄いことです。でも、だからといって、それをそのまま「社会実装すれば必ず役立つはず」なんて言うのはナンセンス。上から目線の言語道断なセリフとして、産業界のミカタとしては拒否すべし! と唱え続けてきました。大工道具、台所用品と同じく、適材適所でさまざまな道具を使い分けて業務改善できてナンボなのが産業界、経済界ですから。
AIブームの最初の5年間(2017年末頃まで)は、(将来の)AI万能論者からも、AI脅威論・大失業論者からも、AIが今の業務を9割代替するとの主張が猛威を振るってしまいました。筆者は7~8年前から現行業務の3~30%の代替率と主張。これではAIをめいっぱい導入しても人手不足になるので10倍の効率化、利便性・快適性向上を達成する根本的DXが必要と一貫して主張してきています。
そんな私に対して、「基本データを取り、600枚のグラフを描いたら疲れちゃった。その意味を考えて論文を書いてくれるAIを100万円くらいで作ってくれないか?」と言ってきた研究者もいれば、「団塊の世代が前倒しで5人退職することになり真っ青。彼らのアパレルデザイン、布の無駄のない型紙作りから数百種類の雑用をやってくれるAIを5体よこしてほしい。AIは安くなんでもできると経済の先生とかも言っているので、1体150万円くらいの買い取りでいいか?」と本気で言ってきた中小企業経営者もいます。
前者に対しては、「現在の技術では不可能です」と答え、後者に対しては「10兆円出しても彼らが1日に職場でこなすすべての仕事をこなすAIは作れません。とくに雑用は不可能です」と答えたところ、「何で囲碁のチャンピオンを破れるほど優秀なのに、雑用みたいに簡単な仕事ができないのだ?」と聞かれます。毎回丁寧に回答していたら、いくら時間があっても寝る暇がなくなるので、『人工知能が変える仕事の未来』や『最強のAI活用術』や『AIに勝つ!』を書いた次第です。
一昨年のことですが、ある建設関係会社の現場責任者さんから、切迫した様子で電話がかかってきました。建設作業員が7つ道具(20くらいあるようですが)の持ち出し漏れがないように、
黒板だかホワイトボードにチェックマークをいろんなペンで書いてもらってるが、皆さん面倒なので書きなぐっていて、かすれたり大きくずれたりして人には判読困難。そこで、人間より賢いAIに、人間以上の精度で読み取ってほしい、というのです。
内心、「うーん、余計な線や画像で読み取りにくくした文字列(captcha)を入力させてロボットがログインしようとしているのではないと判定できているのは何故か? と考えたことないのだろうか」などと思いつつ、30分ほどかけて、拙著のポイントを丁寧に解説しました。常識、バランス感覚のなさを指摘すると過半数の人が昂然とキレかけたりするので用心した次第です。
さて、お客様相手にもつい正論を喋ってしまう私は、どう続けたでしょうか? 電話を受けたのが、ディープラーニング専業さんや、画像認識の受託開発の企業であれば、「夢が現実となったみたいな素晴らしいAIが見事に解決します!(ただし精度の話はあとで……)」とばかり、正解データ作りの概要を教え、1000万円~の見積もりを絶妙のタイミングをはかって提示し、さらに正解データをお客さんに作ってもらう交渉をうまく進めていたことでしょう。
ここで「過渡期」の話を思い出してみてください。アナログな紙やパネルに書かれた文字を読み取ったり、音声を聴き取って文字列に起こしたりするAIは、なぜ必要なのでしょうか? それは、業務連絡を手書き文字で運用していたり、紙に印刷したり、電話でしゃべって情報をやりとりするという、旧態依然の非効率な業務フローがあってこそ存在できるAIだったのです! 目で見て、耳で聞いて「認識」する作業。ベーシックな(単価の安い)人間チームの非効率な仕事、業務連携を前提としてしまっている。つまり、文字認識や音声認識のAIを組み込むこと自体が、非効率な業務フローの温存につながってしまうのです。